日本人の英文法19

意志未来のwillと意図、計画を表すbe going toの使い分けは、実行意志の強さによるというのは、かなり乱暴な基準のようだが、多くの場合に当てはまるのでノンネイティブに日本人には、これで十分のように思うので、次は、単純未来のwillと未来予測のbe going toの使い分けについて考えてみたい。
英和辞典のwillの、単純未来の項の最初の訳を見ると、たいてい「〜でしょう」となっている。
willの「〜でしょう」という日本語の意味からすると、話者であるI(わたし)の、自分自身や他の人の未来の行動や状態に対する予測を意味するように考えられる。
この予測というのは、外れることも前提としてあるわけだが、willのほうはそういったことをまったく前提としないので、「〜でしょう」という訳は実は不適切なのだ。
willは話者であるIの未来の事象に対する確信を表しているから、「〜する、〜となる」といった訳のほうが適切だ。
もう一つの単純未来willの意味は、ある一定の時間が来れば必ずそうなるような場合を表す。これは話者のみならず、誰が考えてもそうなるような場合に適用される。
この場合も、訳としては、「〜する、〜となる」がふさわしい。
たとえば、明日何時に太陽が昇るかといった場合、天気予報なり、何らかの確実な知識、情報に基づいて、"The sun will rise at five ten tommorow morining."というのは、I(わたし)の個人的確信ではない。また、"I will be forty in three years."というのも、きっとそうなるという確信というより、40才になるまで生きていることを当然の前提として、単に3年経てば、40才だといっていることになる。
どちらも、時間経過による当然の成り行きを現している。
それでは、日本語の「〜でしょう」といった、そうならないかもしれない場合があることを含めた言い方はどうなるかというと、副詞の"probably"を使うか、文の前に、"I think"付け加えればよい。
こうすることで、行動や事象が確実なものではないことや、そうしたことが個人的観測に基づく予測だということが表される。