日本人の英作文18

これまでの17回にわたって、作家、楊逸さんのエッセイ「割り箸のマナー」を題材にした英作文をみてきて、日本人が英作文をするにあたっての問題点が見えてくる。
以下、その問題点を箇条書きにしてみる。
1. 英作文の対象になる日本文を、英文解釈の時に行う5文型の知識を用いた構造解析と同様の手法を用いて、主語、動詞、主節、従属節に解体して、それぞれに対応すると思われる英語を和英辞典を調べて、そのまま直訳的に置き換える。
2. 直訳的に置き換えただけで、その訳が文脈に沿った自然な表現かどうかを調べない。直訳的に置き換えるのは、結局、文脈に沿った自然な表現の英語を知らないからだ。つまり、語彙不足といえる。
3. 語彙不足、語法に関する知識不足以上に、英語にとって、中枢神経とも言える、時制および冠詞についての知識が決定的に欠けている。
1. の問題は、元の日本語を忠実に英語に置き換えようとするからなのだろうが、英語と日本語が一対一で対応していないのだから、直訳的に和英辞典に出てきた英単語なり、英熟語に置き換えてもたいていはうまく行かない。
元の日本語がどのような意味なのかを、別の日本語で言うとどうなるかを吟味して、その意味の英語ならどうなるかを調べて訳せば、たいてい問題のない英語になる。
直訳による失敗例を挙げてみると、
第2回 「着物姿の…番組構成になっていた」→The show used to go on...
第6回 「テレビの前の私」→Her voice made me tense in front of the TV.
第6回 「とても他人事と思えず」→I couldn't think...
第14回 「そのままゴミ袋に…」→into a plastic bag as they are
第15回 「心がけている」→try to...
第17回 「もともと」→originally
第2回の場合、この番組がシリーズ物で、今も続いているが、番組進行が以前とは異なったものになっていることを言いたいのなら、used toがぴったりとなる。
しかし、このエッセイで「となっていた」と表現されたものは、この文脈では、単に「だった」でも構わない。となると、used toを使うのは誤りだ。
また、第14回の場合、"as they are"はたしかに「ありのままに」とか「そのままに」の意味で使う。たとえば、「机の上のものに一切、手をつけずそのままにしておけ」なら"Don't touch anything on the desk. Just leave them as they are."と表現できる。しかし、この文脈では、「捨てる」という動作が入っているから、「そのまま」ではない。この文脈の「そのまま」は、「箸袋に入れて、箸袋ごと折る」ことはしないでの意味だから、そのように表現する必要がある。
直訳に陥る原因は、元の日本語の解釈が不十分なことにあるのかもしれない。
2. の問題。出来上がった英文が適正なものかどうかは、英和辞典を調べても解らない。語彙、語法に関する幅広い知識が必要だ。それがない場合、英語活用辞典が役立つことがある。それよりも、ネットの一般検索を使うことが手っ取り早い。
たとえば、第17回の"originally"の場合、私は、"He was originally kind""He is originally kind""There was originally no*""There is originally no*"などの文を引用符つきで、Google英語版でネット検索してみた。
ヒット数があまりにも少ないものは、現実には使われていないことを意味する。
また、使用例にぶつかっても、その使用例がどのような文脈で使われているかは、その中身を調べないといけない。
ここで問題が生じる。英語版Googleは当然ながら、中身は全部英語だ。ターゲット文が使われているところまで、読んでいくだけの英語力がなければこの手法は使えない。
使用例が多くヒットした場合、少なくとも10例ぐらいはその中身を読まないといけないが、一時間以上、辞書なしで英語を読み続けることができる日本人は、どれほどいるだろうか。
結局、英語をあまり読んでいないから、英単語、英熟語の適正な使い方がわからないままだし、英作文で作った英文が適切かどうかがわからない。
ネットで使用例を調べようとしても、英語を理解する力が足りないため、うまく行かない。
3. の問題は、実に厄介だ。以前にも記事にしたことがあるが、日本語には英語の時制に対応するような、時制がない。したがって、時制の覚え方も単語の知識と同じように、「〜する」なら現在形、「〜している」なら現在進行形という風に、時制を典型訳と一対一の対応で覚えることになる。
これでそれぞれの時制が理解できるならいいのだが、時制の理解はこんなことでは到底及ばない。
冠詞もそうで、日本語には、これに対応するものが存在しない。
日本語にはないものを理解して、身につけろというのは、羽をもたない哺乳動物に飛ぶことを身につけろというに等しい。中には、コウモリのように、実際、そのことを実現するものもいるが、ほとんどの哺乳動物は地べたを這いずり回るだけだ。
この問題の解決は、これまた結局のところ、なるべくたくさん、正しい英語を読んだり、聞いたりすることで、勘のようなものを養うしかない。
知識もなるべく仕入れておくことに越したことはないが、時制と冠詞に関する文法知識だけで、膨大なものになり、文法的にこれら二つを追究するとなると、ほぼ一生かかるといってよい。基本的なことだけ押さえるようにして、後は実際の使用例を理屈ぬきに覚えるのがよい。
先のたとえで言えば、哺乳類はけっして、鳥のように飛べるようにはなれない。コウモリは飛べるが、鳥の飛翔能力には遠く及ばない。それさえ、実現は相当に難しい。
よくて、ムササビかモモンガ辺りの飛行能力で納得するしかないだろう。
前回の英作文の解答は次の通り。
1. He was born to be kind. (He is originally kind.はネット上でヒットなし)
or He is kind by nature. (ネット検索でのヒット数は数千のオーダー)
2. The building was originally a sake brewery.
3. I used to own this picture.
4. The plan was impossible. (The plan was impossible from the start. とすると使用例は一ケタ台。不適正ではないと思うが、表現そのものが英語的ではないようだ。)