天体ショー6


その山の山頂近くを、県境を超える道路が通っていて、夜中なら、家から40分ほどで行ける。
峠に向かう急、かつ曲がりくねった道を夜中に通るのは、正直ちょっと怖い。
坂道の傾斜が緩くなり、ほぼ平坦になった頃、車を道路脇に止めて、そこから広がる林の中に足を踏み入れた。
通り過ぎる車のヘッドライトの明かりが天体観測には邪魔なのだ。
ヘッドライトの明かりが気にならないところまで林の中を進むうち、目が暗闇に慣れてきた。
そして、北の空を見上げて驚いた。ぼんやりと白く、巨大な楕円形のそれは、間違いなく百武彗星だった。
一見すると雲に見えないこともなかったが、楕円形の雲などあるわけがない。
目の前の彗星は、直径が満月の何倍もの大きさに見えた。眺めているうちに、体が震えてきた。
早春3月の山の上は、夜中には気温が下がり、かなり寒い。しかし私が震えたのはその寒さよりも、遥か彼方から猛スピードで地球に近づき、急速に見かけの大きさを増した彗星に、怖さを感じたからだ。
軌道が正確に分かっていて、地球に衝突することはないとわかっていても、目の前に見えた彗星の巨大な姿は、もしこれが地球に衝突したらという想像を掻き立て、その想像が私を震え上がらせたのだ。
もしある彗星が地球との衝突コースをとっているのが分かっても、人間にはどうすることもできない。
そして、実際に巨大彗星が地球に衝突した場合に起こることは、地球上のほとんどすべての生物の絶滅だ。
天体ショーなどと、お気楽なことを言っておられるのは、天文現象が恐ろしい事態を引き起こす危険を胚胎させていることに、無知または、鈍感なせいだということを思い知らせる彗星の接近だった。