火星へ#5

地球以外の場所に人間の社会を作るとなると、まずは住居環境を整えるための大量の物資の輸送が必要となる。
そのためには巨大な宇宙船が必要となり、それを地球から打ち上げるのは困難だ。
そのため、重力の小さい月に宇宙船打ち上げのための基地を作り、そこを拠点に物資と人材の輸送を行う。
これはジョージWブッシュのNASAでの演説の骨子であり、彼の宇宙計画は行きはあっても帰りのない、人類の火星移住計画を語ったものだったのだ。
そこで疑問が出てくる。
まず、どんな人間を火星に送り込もうというのだろう。大体、火星くんだりまで行きたいと思う人間がどれだけいるのだろうか。
しかし、かなりの大きさの小惑星の地球への衝突が、たとえば100年以内のある時点でほぼ確実なことが、アメリカにより、これまでに打ち上げられた探査機による情報に基づいて、すでに予測されているとしたらどうだろう。
そうだとすると、ジョン・グレンのいう、人類のバックアップのための準備は今すぐでも早すぎることはないし、また、その事実を伝えれば、火星行きを望む人は少なくないはずだ。
しかし、いくら巨大な宇宙船を作っても、搭乗できる人員はごく限られている。となると搭乗員を選ぶための厳しい選抜が行われるに違いない。
選抜の基準は、知能、体力、人格、宗教を含む信条などあらゆる点が考慮されることだろう。
優生学的志向が強い英米人は、このことを千載一遇の機会と考えるのではないだろうか。
人間はもはや自然淘汰のメカニズムで進化ができない。文明は諸刃の剣で、自然淘汰の厳しい選抜を逃れた代わりに、自らの進化のチャンスも失ったのだ。
これを打開するには、自然選択に代わって、人為選択、あるいは遺伝子エンジニアリングによって、より進化した人間を自ら作っていく以外にない。
しかし、地球上でこれを実現することは不可能だ。優れた人間を遺伝子エンジニアリングで作ること自体が倫理的問題があり、困難だろうし、作ったところで、その人間の周りに普通のレベルの人間がうじゃうじゃいては、交雑が起きてしまう。
人類のバックアップを作るという大儀に隠れて、人間の選抜を行い、一段進化した人間だけで構成する社会を、地球から遠く離れた別の惑星に実現する。
火星への移住計画の本当の狙いは、実はこの辺りにあるのでないかというのが私の考えだ。
オバマ現大統領はついに、人類を火星に送り込むタイムリミットについて言及した。事態はかなり切迫していて、火星への移住は可及的速やかに実現させなくてはならないのかもしれない。
それが事実だとしても、そのことを知る人間はアメリカ人の、それもほんの一握りの人たちだろう。
実際に火星への移住のためのロケットが打ち上げられるとき、本当の事情を知る人間は相変わらず一握りで、それを知らないほとんどの人間は、能天気に歓声を上げてこれを見送ることになるだろう。