知性が大事#14

もうひとつケンのうちでのエピソード。
ある夕方のこと、ケンの一家が揃って出かけることになった。私は言ってみれば部外者なのでケンのうちに残ることになった。
一家が出かけた先は50kmほど離れたところ。さて、みんなが出かけた後、これがなんともいえない孤独地獄。一人でいることには何にも抵抗のない私でも、一番近くにいる人間でも、50km先。
自分が声を出さない限り、人間の気配が一切ない空間というのは想像を超えた孤独な世界だ。
山も丘も何にもない、だだっ広いオーストラリアの平原に立つと、地平線が向こう側に湾曲して見える。四方がそういう状態だから、自分が湾曲した丘の天辺にいるような錯覚を起こす。
"top of the world"というフレーズあるが、これは有頂天になったhappyな気持ちを表したもので、私が経験した"top of the world"は、究極の孤独感だった。
オーストラリアの家庭にはなぜかトランポリンを庭においている家庭が多かった。
ケンのうちにもあったので、退屈を紛らわすためトランポリンで遊ぶことにした。
しかしその遊びも直ぐに飽きる。そりゃそうだろう。ちょっとした技を決めても褒めたり、歓声を上げるものが誰もいないのだ。
そぞろ空しさだけが襲ってくるので、トランポリンでピョコピョコ飛び跳ねるのをやめ、その上に大の字になって天を仰いだ。
これまた、だっだぴろい夕方の空。ますます空虚感が募ってきた。
と、そのトランポリンの上に、牧羊犬のジョンが飛び乗ってきた。ジョンも家族がみんな出かけてしまってさびしかったようだ。
ジョンに向かって「そうか、お前もさびしいか。こっちに来るか」と呼び寄せると、ジョンは私に体を摺り寄せてきた。
そうやって時間が過ぎるに任せていると、夜空となり、満天の星空となった。
南半球では、日本では決して見られない星が見られる。南十字星などもそのひとつだが、マゼラン雲という天体も見られる。
これは銀河星雲の直ぐ外側にある球状星団だ。大マゼラン雲と少マゼラン雲がある。これが天の南極付近の空に、まるで亡霊のようにぼうーっと霞んだ姿を見せ始めた。
一見、雲かと見えるその姿だが、実際には無数の星々の集まりだ。
無数の星の中には、知性の高い宇宙人もいるんだろうななどと考えているうちに、そうした宇宙人が突然夜空に宇宙船に乗ってやってきて、さらわれるんじゃないかという突拍子もない考えが頭に浮かんだ。
人っ子一人いないときに宇宙人にさらわれても誰にも分からない。現実離れした考えが、満天の星空を眺めているうち、現実味を帯びてきて、なんだか恐ろしくなってきた。
outbackでは、昼間に相当暑くなっても、日が沈むと急激に温度が下がってくる。その寒さの影響と、恐怖感から、体がぶるぶると震えてきた。
トランポリンから飛び降りて、ケンのうちに入ることにした。一家が留守の間は、居間にあるテレビでも見てすごしてくれといってくれていたので、テレビ番組でも見て気を紛らわすことにした。
トランポリンの上で感じた孤独感と恐怖感が入り混じった感覚はテレビを見ていてもなかなか治まらなかった。

  • 大マゼラン雲(左)と小マゼラン雲(右)