知性が大事#15

ケンの農場を後にして、私は再びカタンニンの町に戻ってきた。
滞在先はあらかじめ一週間ほど泊めてもらうことになっていたカタンニン高校の美術教師、マギーと理科教師テッドの夫婦のうち。
夫婦には二人の子供がいた。兄と妹。名前は忘れたのでボブとメグということにする。
ボブもメグもカタンニン小学校の生徒。
二人とも母親のマギーに似てポッチャリ型の体型。性格は父親のテッドに似たのか、とてもおとなしい。
メグは人見知りもするようで、いきなりやって来た私を見て、母親のマギーの後ろに隠れてこちらを見ていた。
マギーは、若いときにイスラエルの共同農場、キブツで食事担当のコックをしていた時期があったそうで、作る料理はまさにプロの味。
毎晩出される食事は豪華そのもの。こんなの毎日食っていたら、そりゃ肥えるだろう。子供たちがどちらもポッチャリなのはその所為かと思いきや、なんと二人の子供はどちらも母親の料理が嫌いだという。
ある日の夕食でパンプキンスープが出たのだが、二人ともこんなの飲めないとほとんど残した。
このスープがまた絶品の味。こんなうまいもんを残すとはなんと罰当たりな子供だと、二人の分も私が全部飲んだ。もう、腹のなかチャプチャプ。
二人はどんなものが好きなのかとマギーに聞くと、オーストラリア版ケンタッキーフライドチキン(会社名は忘れた)と、飲み物はファンタだという。
なんとまあ、ジャンクフードにすっかり毒されて、本当においしいものが分からないようだった。
味覚が未発達な子供時代は、単純で濃い味付けのものがおいしく感じられるものなのでそれも仕方がないのかもしれない。
マギーのうちでの滞在中にクリスマスがやって来た。
真夏のクリスマス。それでもイブの日には、北半球のクリスマスと同じように、大きなクリスマスツリーを部屋に真ん中に置き、庭には最近の日本でもやるような、イルミネーションを施す。そして夜になるとイルミネーションを点灯させる。
あまり宗教くさい儀式は何もせず、日本のクリスマスと同じようにお祭り気分でイブを楽しみ、そしてクリスマスの朝はプレゼント交換。
子供たちにとっては一年で一番、楽しい日だろう。
クリスマスの朝は、このように過ぎ、夜がやって来た。するとこの日はマギーとテッドの知り合いの人たちが近所から集まってきて、子供抜きの大人だけのクリスマスパーティーと相成った。
集まったのは男女合わせて6人ほど。大人だけの集まりなので、会話の内容は聞き取りが困難で参加者同士の会話は、私にとってはチンプンカンプン。
ただいえるのは、なにやらちょっと怪しい雰囲気があったことだ。
夜も深まった頃、参加者の一人の女性が自分のうちから持ってきたというボトルをテーブルの上に置いた。
みんなが一斉のそちらに注目した。ウェールズ出身だというその女性が持ってきたものは、ウェールズで造られたお酒の一種だという。
非常に貴重なもので、滅多に手に入るものではないので、ごく小さなグラスを使って、みんなで少しずついただくことになった。
まずは遠来の客ということで、私の前に置かれた小さなグラスに液体が注がれた。
その様子を見て仰天した。まず、液体が注がれる前に、傾いたボトルからなにやら訳の分からない霊気のようなものがボトルの口からグラスに降りてくる。
そして、液体そのものがグラスに注がれたのだが、この様が尋常ではない。
液体の表面がよく分からない。なんだか朝もやに煙る湖面のようで、ゆらゆら揺れている。
グラスの壁面を見て目を剥いた。液体が、なな何とグラスの壁面を登っていっている。さらに登りきった後、液体がグラスの外側に漏れ出てくるではないか。
その様子は、まるで液体自身が意思を持った生き物のようだった。
目を剥いて驚いている私を見て、グラスにこの液体を入れてくれた女性が言った。
「さあ、思い切って一気に飲むのよ」
そのときあることが頭に浮かんだ。ひょっとするとこの集まりは悪魔信仰者たちのアンチクリスマスではなかろうかと。
目の前のグラスの液体を飲み干すことが、入会の儀式で、飲み干したとたん、奥からヤギの頭をした悪魔が「入会の儀式は終わった」とかなんとか言って姿を現すのではないかと本気で怖くなった。
ちょっとビビッている私に、女性が「男なら一気に飲まなきゃ」みたいなことを言ってグラスを空けるように促す。
もうこうなったらやけくそだと、グラスを一気に空けた。
喉が焼けるような猛烈な感覚が襲ってきた。周りで歓声が上がった。
幸いなことにヤギの頭をした悪魔が部屋の奥から出てくることはなかった。