知性が大事#12

ケンのうちでの滞在がそろそろ終わりになる頃、ケンがこちらで仕残したと思うことはないかと聞いてきた。
高い知性の持ち主だと思われる人間が、目的もなしにオーストラリア奥地の人里は慣れた農家にやってくるはずがないと思ったのかもしれない。
そこでひとつお願いがあるとケンに言った。ヒツジの毛刈りをするところを写真に撮りたいと。
無理を承知のお願いであったが、ケンは快く承知してくれた。
ヒツジの毛を刈るところは、それ用の農場が別にあり、そこまで毛を刈るヒツジをそれぞれの農場主が連れて行き、備え付けてあるバリカンでヒツジを丸裸にする。
ケンの農場の羊たちはまだ毛刈りをするシーズンではなかったが、一頭だけを私のために特別に選んでくれて、そのヒツジの毛刈りをするところを写真に撮ればいいということになった。
ヒツジを乗せたトラックで毛刈りをする農場までやってくると、他の農場主3人ほどが自分たちのヒツジの毛刈りをすでに始めていた。
仕事の邪魔にならないように、彼らの仕事ぶりを観察していると、ケンが彼らにその日やって来た事情を話したようだ。
すると、毛刈りはできなくても、shedでの作業でできることがあるからやってみないかと作業をしていた一人が誘ってきた。
刈った毛のうちの細かいものは軽く、風があるとふわふわと飛んでいく。それが飛び散らないように専用のレーキでかき集め、それをダスターシュートのようなところに集めて落としていく作業だった。
何でもやってみないとわからないということで、この作業をやってみることにした。
刈りたてのヒツジの毛はあんまり綺麗ではなく、ふわふわというより、じとじと湿気を含んだ感じで、レーキで集めるのにも結構な力が要った。
その作業の傍ら、毛刈りの作業を観察していたが、体重100kg以上はあると思われるヒツジの角の一本を片手で掴み、それをひねるようにして、床に仰向けというか座椅子に腰をかけたような姿勢にして、ヒツジの後ろ側から毛を刈り始める。
大変な腕っ節の強さがないと、ヒツジを一発で引っくり返せないし、前かがみになった姿勢で、何時間も続ける作業はさぞかし腰に負担がかかるのではと思った。
こうした仕事を彼らは何世代にも亘ってやって来たのだ。彼らの体格は一様に立派で、腕っ節の強さと腰をかがめた作業を何時間にも亘ってできる持久力を兼ね備えている。
日本では、こうしたタイプの人たちと接する機会はそれまで一度もなかった。
画像はそのときに撮ったもの。たくさんの写真を撮ったはずなのだが、残ったのは額縁に入れて保存してあったこの写真のみ。
暗いshedの中での作業の雰囲気がよく出た写真だと思う。誰にも褒められないので、自分で褒めておく。