知性が大事#17

マギーとテッドのうちでの滞在中のもうひとつの思い出といえば、なんといっても、Beremer Bayまで連れて行ったもらったこと。
クリスマスが終わってから行ったのか、その前だったのか記憶がはっきりしないが、いずれにせよその頃。
この小旅行は、カタンニン高校の先生たちが10人ほどが参加し、小型バスをチャーターして行われた。
カタンニンの町からは南東方向にあるBremer Bay。直線距離だとおよそ200kmだが、行程は250km以上あると思う。
車中では目的地に着く前から、かなりの盛り上がりよう。若い先生たちが何人か参加したため、とても賑やか。運転を担当しないものは、早くもビールを飲んで出来上がってしまっていた。
周りの風景は、行けども行けどもブッシュ、またブッシュと変わり映えしない。
バスが突然、ブッシュのど真ん中で止まった。運転手が何か叫んで、バスの扉を開けた。すると乗客たちが一斉に車外へと躍り出た。
事情が分からない私は、ただもうウロウロ。ブッシュでバスに一人取り残されてはたまらないので、ある女性教師の後をついていった。
彼女はどんどんブッシュの奥のほうに入っていった。
他の人たちも思い思いの方向に散らばっていく。何のことかさっぱり分からないので、引き続き、女性の後をついていくと、突然彼女がこちらを振り返って、"Don't follow me!"と強い調子で言った。
それでやっと気がついた。つまりかなりの長時間、車で走った後のトイレタイムだったのだ。
オーストラリアに高速道路のパーキングエリアなどない。トイレももちろんないので、用を足すのはブッシュの中。女性の後をついていってはいけなかったのだ。
3時間近い車での移動の後、目的地のBremer Bayに着いた。
こじんまりとしたビーチが目の前に広がっていた。水の透明度が高く、南極海に面しているため、水温がかなり低い。連続して泳いでいられる時間は長くない。
参加した先生たちの多くは、ビーチチェアでのんびりくつろいでいる。子供じゃあるまいし、水辺でぱちゃぱちゃして遊ぶなどしない。
一方、ダイビングを楽しもうという人たちはシュノーケルや足ひれをつけて沖合いにまで泳いでいく。
あんまり泳ぎが得意でない私は、浅瀬でバチャパチャした後はもっぱら浜辺でゴロリとするだけ。
そこへ、マギーが水着姿で現れ、ぜひ見ておいたほうがいいといって、私をそのときいたビーチからひとつ丘を隔てた別のビーチに連れて行ってくれた。
彼女は若いときに世界のいろんなところを回った経験があり、その彼女もこれから行く場所ほど、白い砂浜は見たことがないという。
丘をひとつ越えて、目の前に現れたビーチはもう、この世のものとも思えないほどの水の透明度と、砂浜の白さだった。そして、その浜辺にマギーと私以外の誰もいない。
遠浅の浜辺を歩いていくと、何だが足裏がちくちくする。
なんでだろうと思って、足もとをよく見て驚いた。砂浜と思ったものは、実はすべて貝殻が砕けてできたもので、それが視界の果てまで続いている。
一体どれだけの時間の果てに、貝殻が細かく砕けて、砂粒ぐらいにまで小さくなり、それがピーチ全体を覆いつくすまでになったのだろう。
ゆっくりと海を沖合いのほうに泳いでいって、ある程度の深さのところで水中に潜ってみると、その透明度の高さが実感できた。
数十メートル先まではっきりと見通せ、その先が濃い藍色の暗闇へと続いていく。
あまりにも透明度の高い海の中で、藍色の暗闇を見ているうちに、沖合いに向かって流れる海流に飲まれて、暗い海の奥へと引きづづり込まれるような、そんな恐怖感に襲われた。
あわてて、海面に顔を出し、浜辺へと泳いで戻った。
水の冷たさとあいまって、体が震えてきた。自然というのは、場合によって、美しくも恐ろしいものなのだ。

  • Beremer Bayの画像