見ざる言わざる4

「ガソリンに引火、火災発生、多数の犠牲者」というキーワードで次に私が思い出すのは、2000年1月4日に、S県S市の新聞販売店で起きた火災のことだ。
正月気分も覚めやらぬ4日の、夜明け前の新聞販売店は、すでに朝刊の配達のため店員が業務を始めていた。
冬の早朝は寒い。店員たちが早朝の配達の前に暖を取るため、一階の店舗には、大型の石油ストーブが置かれており、その日の朝もストーブには火が点いていた。
ストーブの近くには、新聞の配達時に使用するバイクの燃料タンクが置かれていて、出発時にポンプを使ってオイルジョッキにガソリンを入れ、これを各車の燃料タンクに注油するということが日常的に行われていた。
火の点いたストーブのそばで、ガソリンを扱う。そうした目の前にある危険に、販売店の店主も、販売店員も誰一人気がつかなかったのだろうか。
火災は起こるべくして起こり、店舗の二階でまだ寝ていた店主の家族を含む7人が犠牲となった。
ガソリンの怖さを思い知らせる火災であったが、事件の当事者、近隣の住民ははともかく、それ以外の人間で、この火災のことを覚えている人間はほとんどいないようだ。
ネットで検索しても情報がほとんどない。
いやなこと、思い出したくないことは、速やかに忘却のかなたに追いやり、そこから何かの教訓を学び取るということが出来ないのも楽観バイアス派の特徴だろう。
さらに、もう一つ、火災という事故ではなく、放火なので、状況は違うが、やはり上記のキーワードで思い出すのが、2001年に起きたローン会社Tでおきた放火事件だ。
犯人はローン会社の支店のカウンターにやってきた。持参していたポリタンクに入ったガソリンをカウンター越しに店内に撒き散らした。
そして、火のついた新聞紙を示して現金を要求。これが入れられないとわかり、火のついた新聞紙を店内に放り込み逃走した。
この事件で捕まった犯人は、公判で「人を殺すつもりなどなかった」と証言している。死刑判決が予想される公判での苦しい言い訳にも聞こえるが、私には本当だと思える。
床に撒いたガソリンに火をつければ、火事になるぐらいの予想はしていたが、焼死者5人を出す惨事になるとまでは想像していなかったのだろう。
最悪の事態を想定しないのが、楽観バイアス派の特徴の一つだ。
用意周到にガソリン入りポリタンク、新聞紙、ライター、変装用のマスクなどは準備したが、入り口が一箇所しかない店舗の入り口近くで火災が起これば中にいる人間がどうなるかの想像が及ばない。
犯罪者であっても、この犯人が楽観バイアス派であることは間違いない。