不審者

雨が降っている時や、雨で川が増水した日の夜を除くと、ほぼ毎日、近所を流れる川の遊歩道を下流に向かって、1.5kmほど自転車で走る。
流域で暮らす野犬グループの観察のためだ。野犬たちは昼間にその姿を現すことはめったにない。昼の間、どこで何をしているのかは、野犬グループの観察を始めて5年になるが、いまだに謎だ。
夜になると、野犬グループは闇にまぎれて行動を開始する。近くにある流通センターは、夜間が活動の中心で、食料品の廃棄処分なども夜、行われる。
多分、こうした時に闇にまぎれて、廃棄された食品を漁るのだろうと思うのだが、はっきりしたことはわからない。
その流通センターの正門から程近い堤防に、野犬グループが時おり姿を現す。時間は、夜の8時30分から9時ちょっと前にかけて。
野犬グループと遭遇したら、グループのメスたちの様子を特に注意して観察する。妊娠していると、体形に変化が出てくるので、いつごろ、出産するか予想がつく。こうした予測に基づいて、生まれた子犬を保護することができる。
今日もいつもどおり、自転車で遊歩道を走り始めてすぐ、制服姿の警官二人と出あった。
こんな時間に、しかも人通りのほとんどない遊歩道を警官が巡回することがあるのか。
警官は私を呼び止め、名前や住所を聞いて、それを書類に書きとめた。何かあったのかと聞くと、川の流域で、不審火がいくつかあり、そのための警戒だという。
流域で不審火があったことなど聞いたことはないが、不審者がうろついているとの情報だったら、その不審者は他でもない私のことかもしれない。
夜、決まった時間になると、真っ暗な遊歩道をやってきて、自転車を止めて、なにやら見ているという姿を、誰かが見たとしたら、不審者そのものだろう。
警官たちには、夜に遊歩道をうろついている事情を一通り説明したら、特に逮捕されることもなく、いつもの場所まで自転車を走らせた。
すると、その場所に野犬たちの代わり別の警官が二人。
さっきも警官に呼び止められたといったら、今度は質問もされることはなかったが、あちこちに警官がいたのでは、野犬は姿を現すわけがない。
私は長い間の観察で、顔なじみになっているので、野犬たちは私を警戒することはないが、そうなるのに2年以上かかっている。
どういう不審者情報か知らないが、野犬グループ観察をする上では、遊歩道をうろく警官たちは、正直、迷惑この上ない。