ボクは猫が嫌いだった7

それが何年前のことだったかは、もう記憶がはっきりしない。しかし、その出来事の一部始終は今もはっきりと記憶に残っている。
ある朝、まだ辺りが薄暗い早朝のことだった。庭に放し飼いにしていた三匹の犬がうるさく吠えていた。
その吠え方から、何が起きているかの大体の想像はついていた。庭に紛れ込こんだ猫が、三匹の犬に追いかけられて、庭木の高いところに逃げるということがそれまでに、何度かあり、その時の犬の吠え方だったからだ。
早朝のことでもあり、そのまま吠えさせておくと近所迷惑なので、犬を繋ぐことにした。
犬を繋いでおけば、猫はしばらくはそのまま木の高いところで様子を見ているが、そのうちに、自分で木から降りて庭の外に出ていく。
眠い目を擦りながら、外に出てみると、案の定、一本の木の下に三匹が集まって、木の上のほうを見上げている。
私がその木の方に近づいて行くと、突然、右手方向から左手の方向に、黒い影がものすごい速さで移動した。
犬たちは一斉に、その影を追いかけた。一体あれは何だと思う前に、庭の真ん中にある別の高い木の根元付近から、恐ろしい叫び声がした。
あわてて、その声のする木の根元に駆け寄ってみると、三匹の犬が何か黒いものを三方向から引っ張っていた。
犬たちに向かって怒鳴り声を上げ、追い散らすと、犬が引っ張っていたものが、地面に落ちた。
地面に落ちたものは、もう原形をとどめないほどにぼろぼろになった猫の死体だった。
恐ろしい叫び声は猫の断末魔の声だった。
黒い影が目の前を横切って、私が木の根元に駆け寄るまで、20秒もなかったと思う。その短い時間に、私の目の前で、猫が殺されたのだ。
それにしても、一体なんだって、この猫は庭の真ん中方向に走ったのか。そう思いながら、最初に三匹の犬が見上げていた木のところに戻って事態が飲み込めた。
その木のすぐ近くの塀の上に、子猫が何匹も鈴なりになって、庭の真ん中の方を見つめて小さな声で鳴き声をあげていた。
たぶん最初の木の上に、子猫のうち一匹が追い上げられてしまっていて、犬だけでも恐ろしいのに、人間まで出現したため、子猫が恐怖に耐えられず、木から降りようとしたに違いない。
それを塀の上から見ていた母猫が、自分に犬たちの注意をひきつけて、そのすきに子猫が逃げられるようにしたのだ。
塀の上で、子猫たちが母猫を求めて鳴いても、もう母猫がそれに答えることはなかった。
塀の上で鳴き続けていた子猫たちは、しばらくすると、あきらめたのか、次々と塀から降りて、去っていった。
自分の命を犠牲にして、子猫を助けた母猫。ぼろ雑巾のようになった母猫のなきがらを目の前にして、私は犬を放し飼いにしていたことを激しく後悔した。
ヒバリを殺されたことによる猫嫌いの感情も、もうどこかに吹き飛んでしまっていた。