ボクは猫が嫌いだった12

動物病院から連れ帰ったカムは母屋で看病することにした。毎日、傷口を消毒し、抗生剤を与えた。
それでも、咬まれたところは化膿して、傷口から、大量の膿が出た。それが体毛にこびりつき、なんともいえない悪臭を放った。
そんな状態ではあったものの、カムは意外に元気で、膿が出きったころから、急速に元気も回復していった。
チャゲの方は、一ヶ月ほどで折れた骨はつながったと思うのだが、それ以後も長い間、そちら側の足をかばうような歩き方をしていた。そういう癖がついてしまったのだろう。
手術の時に太ももの部分の毛を剃ってあったので、むき出しの皮膚が長い間、露出していて、それもあって、ビッコを引く姿が痛々しかった。
それぞれが、自由に動き回れるようになるまで、どのぐらいの時間が経ったかはもう覚えていないが、カムの場合は、一ヶ月か、そのぐらいだったように思う。
自由に動けるようになったカムは、さっそく、家の外へ出かけるようになった。
家の外には、放し飼いの三匹の犬がいたが、昼間のうちは、タケルとチャゲは係留してあったし、ユキはもっぱら南側の庭にいたので、カムが外に出たがったときは、裏口の戸を開けて、そこからすぐの裏門から外に出してやった。
帰ってくると、門の外から、「ニャー」と一声鳴いて、家の中に入ることを要求した。もう完全に家で飼っている猫と言っていいカムの毎日がこうして始まった。
以上が、家で最初に猫を飼うことになった顛末だ。
猫を初めて飼うことになった事情は、人それぞれだろうが、私と同じような経緯をたどり、猫を飼うことになった人は、世間広しと言えど、それほど多くはないだろう。
ただこの話は、完全なハッピーエンドではなかった。
私がカムを助けたことで、私とカムには、ある種の絆が出来た。信頼関係といってもいい。だからこそ、カムも、家を我が家と思い定めて、外へ出ては行くものの、毎日ちゃんと帰ってくるようになった。
一方、私に地面に叩きつけられて、重傷を負ったチャゲは、これ以降、私を見るときには、いつも上目遣いになり、わたしが外から帰ってきて、「チャゲ」と声をかけても、まったく反応しなくなった。
骨折箇所は時間が経って治ったが、チャゲの私への信頼は、木っ端微塵に粉砕されたまま、もう元に戻ることはなかった。
チャゲが、18歳で亡くなったとき、処理施設で火葬にしてもらった。骨あげしたときに、骨折箇所を繋ぐために使われたボルトが骨とともに残っていたのを見て、私は心のなかで、何度もチャゲに侘びた。
骨折事件がなければ、チャゲと私の関係は、もっと違うものになっていたに違いないことを思うにつけ、チャゲには本当にかわいそうなことをしたと思う。