見えるということ#5

ハレー彗星が太陽から遠ざかり、太陽系の果てへと旅立った後、かなりの年月が過ぎ去った頃、それが今から何年前のことであったかはっきりとは覚えていない。
関西で人気のある「探偵ナイトスクープ」という番組を見ていたときのことだ。
その日の調査内容のひとつが、富士山が見える最遠の場所が和歌山にあるらしい。その事を調査するというものだった。
「富士山が関西にある和歌山県から見える?ほんまかいや。」多くの人がそう思うに違いない。なるほど番組で取り上げる価値のありそうな内容だ。
そのときの調査に当たったのが、Iというタレント。調査をしたときの録画を放送する前のスタジオ解説で、Iは「私、視力には自信があって、この調査には適任だと思うんです。」と語っていた。
調査を行う場所は和歌山県のとある山中。東側に大きく開けた場所があり、そこから気象条件がよければ、富士山が望めるという。
調査の日はまさしく、その条件を満たしている日で、現場にはそこから富士山を見るためにすでに何人もの人たちが集まっていた。
現場に探偵が到着してしばらくすると、集まった人の中の一人が声を上げた。
「あっ、あそこに富士山が見えるわ。」
この声に一同がそちらのほうに注目を始める。そして、その人の中から、次々と富士山が見えたという声があがった。
その場にいた探偵が、富士山が見えるという方角を教えてもらい、必死で目を凝らすが何も見えない。
「エーっ、どこに見えるんですか。」と他の人に聞いて、それらしい場所をいくら探しても見つからない。
この探偵を除いて他の人たちは、全員、富士山を見つけたようで、訳がわからず、うろうろしている探偵を尻目に盛り上がっている。
ついにこの探偵「これはもう集団発狂ですね」などと自らの無能を認めるのが悔しかったのだろう、捨て台詞を吐いた。
念のためということで、番組スタッフがその方角の写真を撮って、後日、引き伸ばしてみたところ、確かに富士山がはっきりと写っていた。
この番組を見ていて、過ぎる年、見えるはずのハレー彗星が見えないといった暗闇でのゲストのことを思い出した。
そのときには、理由が分からなかったが、このテレビ番組を見ていて、なんとなく理由が分かった。
この探偵、目のよさが自慢だったらしく、他の人が見えるものなら、自分はきっと見えるはずという思い込みで、現場から見たとき、富士山がどの方角に、どんな形で見えるかの事前の調査は全く行わなかったようだ。
現場で富士山の観測に成功した人たち全員が、探偵よりずっと目がいいということは無かったに違いない。
それなのに探偵だけが観測に成功しなかったのは、どのように見えるかという事前の画像情報が彼の記憶の中になかったからだと思われる。
下記のサイトは静止画で、和歌山から見た富士山が見られる。
https://www.youtube.com/watch?v=C6IVlbXPY8w