知性が大事#8

キャンピングカーのそばに張られたネットには、出入りができるように、切れ込みが入れてある所があり、ケンが置いていった私の荷物を持ってそこから中に入った。
入って驚いた。私が中に入るやいなやワーンという音が沸き起こった。何事かと思ってネットを見てみると、ネットには無数という表現がぴったりするほどの数の大小さまざまなハエ。
それが私がネットの中に入ったとき、ネットが揺れたため一斉に飛び立ったときの音だったのだ。
outbackにはハエが多いと聞いていたが、これほどの数のハエの出迎えがあるとは思っても見なかった。
ハエを含めた虫除けに張ったネットなのに、これでは逆にネットが虫かごになっている。
我慢できるような数ではなかったので、ケンに殺虫剤のスプレーがないか聞いてみた。
「ウーン、普段そんなものは使わないので、あるかどうか」という返事。
「でも、物置を探してみるから」といってくれたので、しばしネットの中でハエたちの歓迎のセレモニーを楽しむことに。
やがて、ケンが物置で見つけたといって殺虫剤のスプレーを持ってきてくれた。
で、ネットの入り口から外に出て、中に向けてスプレーを噴射。
するとバタバタとハエたちがネットの中の地面に落ちていく。殺虫スプレーのテレビCMで見るようなシーンそのまま。
あんまりよく効くので、思わずスプレー缶の表示を読んでみた。「猛毒、使用にあたっては防毒マスク着用のこと」なんて表示があるんじゃないかと思ったが、スプレー缶にはドクロのマークも何にもなく、普通のピレスロイド系殺虫剤のようだった。
どうやら、ケンが言っていたように、殺虫スプレーなどオーストラリアでは普段使わないようで、そのため、ハエのほうもそれに対する抵抗力がなかったらしい。
いきなり、今まで浴びたこともない殺虫スプレー攻撃に耐えられずに、ハエたちはばたばたの死んで行き、ネットの中の地面に死んだハエが層を成すほどだった。
ケンにバケツを持ってきてくれるように頼んだ。死んだハエをちりとりですくって日本にもあるようなサイズのバケツに入れたが、ハエの死体はバケツ数杯分の量があった。
ハエが一匹もいなくなり、落ち着いたところでキャンピングカーの中をよく調べてみた。
キャンピングカーには4つのベッドがあった。家族4人で使う設計の大型キャンピングカーのようで、オーストラリアではごく普通のものだ。
ネットの中に、デッキチェアがひとつ置いてあったので、そこにゆったりと座って人心地。
キャンピングカーが私の滞在場所と分かって、最初は少し疎外感を感じたが、夏だし外でのキャンプ気分が味わえて悪くないという気分になった。
静かにデッキチェアに座っていると、外からの物音が何もしない真の静けさが辺りを包んだ。
日本だと、生活雑音、道路を走る車両の音など、何にも音が聞こえないなどということはありえないが、オーストラリアの奥地までやってくると、そこには静けさが支配する世界がある。
ウーン、ハエを少しは殺さずに生かしておいたほうが良かったかなと思うほどの静けさ。ケンのうちのほうからも何の音も聞こえてこない。ちょっと静か過ぎるのが心配になってきた。