知性が大事#26

武田荘での出来事でよく覚えていることをあと、二つ書いてみようと思う。
最初は、ライダーの多田とある日、ビーチに出かけたときのこと。
オーストラリアの西海岸には,延々と続くビーチがある。フリーマントルにも自然のビーチがあり、海水浴を楽しむ人の姿がまばらに見られる。
多田と二人で、そのビーチまでタオル片手に道を歩いていたときのこと。向こうから、若いオーストラリア人の女の子が二人。年齢は中学生ぐらいだろうか。
私たちとすれ違いざまに、両手を顔の前でパタパタさせながら"Smelly, smelly."とこちらにはっきり聞こえる声で言った。
多田は何を言われたのかわからないので、私に、「今の女の子たち、なんていったんですか」と聞いた。
「臭いって言ったのさ」
「エーっ、そんなこと言ったんですか。ぼくはまた、なんか挨拶してくれたと思って、ハローなんて言おうかなって思ったんですけど。」
「全く能天気なやつだな。」
「じゃ、あんな時なんて返せばいいんですか。」
「そうだな、ユートゥー("You, too.")とでも言ってやれ。」
「じゃーそうします。」
「じょ、冗談だよ。そんなこと、周りのオーストラリア人の男に聞かれでもしたらただでは済まんぞ。」
オーストラリアはかつて白豪主義と呼ばれる人種政策を標榜していた国だ。日本人を含む有色人種に潜在的な嫌悪や反感を持っている。
実際、このときの出来事の後、私自身がいくつか実例に出くわすことになる。
女の子が"Smelly."といったのは、そういう差別意識からではなく、実際に私たちの体臭が彼女たちには臭かったのかもしれない。
人種の違いや食べ物の違いから来るものか,白人たちの体臭は日本人のそれとはずいぶん違う。
中でも、トイレで感じる猛烈な匂いはホームステイをすればいやでもかがされるものだ。
慣れていない匂いはとりわけ悪臭と感じられるから,オーストラリア人の女の子にとって,東洋人の私たちの体臭はことさら臭かったのかもしれない。
それにしてもだ、それを聞こえよがしに口にするのは礼儀に反する。
どうせ相手はこちらの言ったことが理解できないだろうと高をくくってああ発言したのだろうから、差別意識とはまったく無縁のものとはいえないかもしれない。
ピーチでは多田が教えてくれたボディーサーフィンなるものを十分に楽しんだので,帰り道はさっきの出来事での不愉快な気持ちは一掃されていた。