知性が大事#27

武田荘でのエピソード、その2。
この出来事は、例の遠藤のインチキ実験の後だったと思う。
武田荘に中年の夫婦がやって来た。オーストラリアのダイビングスポットを順番に巡っているといっていた。
何でも、日本の端っこの小さな島でダイビングショップを経営しているのそうで,北半球が冬で、ダイビングショップが比較的暇な季節を利用して,南半球の夏に当たるその時期にオーストラリアにやって来たそうだ。
見たところ、年齢はどちらも30代半ばを過ぎていそうだった。
夕食の後、二人は自分たちのダイビングショップのPRを始めた。自分たちの住んでいる○○島が如何にダイバーズパラダイスであるかとか、島そのものが自然の宝庫であるとかだ。
しゃべり方は完全にタメ口。
まあ、そのとき武田荘滞在中の者は,私を除いて夫婦より明らかに年下だったので、タメ口であっても別段問題はなかった。
私はというと、そのときすでに40を超えていたが、実際よりずいぶん若く見られることが多かった。
毎日腕立てや、腹筋,スクワットを欠かさなかったので、自分で言うのもなんだが、かなり引き締まった体型だったし、それまでの生活で、全身真っ黒に日焼けしていたので、田中たちサーファーの仲間だと思われても不思議ではなかった。
だから、中年ダイバー夫婦が私に対してもタメ口であっても、私のほうは特に気にもならなかった。
散々,自分たちのショップのPRをした後、夫婦は自分たちの部屋に引き取った。
そして次の日の朝。
洗面所に行くと、ダイバー夫婦の夫のほうがちょうど洗面所で顔を洗っていた。
後から入っていった私は、「おはようございます」と挨拶をした。
この挨拶に振り返った彼は,ちょっと驚いたような表情を見せ、深々と頭を下げて「おはようございます」と返した。
深々と頭を下げられたことにびっくりしていると、彼は次にこういった。
「武田氏から聞いたのですが,先生はこちらには観光ではない、別の理由で来られたとか。どういう目的で来られたのでしょうか。」
「いや、そんな大層なものではなく、オーストラリアの学校、日本では高校に当たるんですけど,そこで日本文化や社会事情を教える授業をしています。武田荘は,学校が夏休みなので,まあ,休暇ですね」と答えると,
「それは大事なお仕事ですね。お仕事頑張ってください。」とこう言って、再び深々とお辞儀をした。
きのうのタメ口とはうって変わった彼の態度の豹変に、マイクの姉のルーシーのことを思い出して,苦笑するしかなかった。
一体何が原因で、この態度の豹変になったのか。
思い当たるのは、最初に武田荘にやって来たとき,武田氏が私を見て,最初にこういったことだ。
「年齢は、私と同じか少し上かな」
当時、30代前半と思える武田氏が自分と同じぐらいだと推定したが,実際には10歳近く私のほうが年上。
隠す理由もなかったので、その事を告げると、彼はかなり驚いて,いきなり口調が変わった。
体育会系出身の武田氏にとって,年齢による上下関係は絶対的なものなのだろう。
昨晩のダイバー夫婦のPRの時間には、武田氏も同席していて,その話を聞いていた。
多分、武田氏がそのときのタメ口を聞きとがめて、私の年齢のことを夫婦に伝えたに違いない。彼以外に私の実年齢を教えたことはなかったからだ。
ダイバーの彼と、ルーシー、どちらも一晩で態度が豹変したが,その理由は、全く違う。
年功序列など、もう若い世代には通用しないのかもしれないが、私の年代ではまだまだ健在。言ってみれば、日本の文化の一形態といえる。
これがダイバーの態度の豹変の主な原因だろう。深々とした礼は昨晩のタメ口への謝罪も含まれていたのかもしれない。
一方のルーシー。態度の豹変はなんと言っても、相手の持っている知性への敬意だろう。
知性ゼロにしか見えない相手が、実は高い知性の持ち主かもしれないと知り、態度の豹変になった。
これはもう根本的文化的尺度、文化的価値観の違いとしか言いようがない。