赤ちゃんの泣き声=ただの雑音3

前回記事を書くときには思いつかなかったのだが、子犬や子猫の世話を通じて感じ方に変化が起きたことは、まだあった。
それは、子犬や子猫を見て可愛いと思うようになったことだ。
子犬や子猫は無条件に可愛いと思っている人からすれば,どういうことか理解できないかもしれないが,子犬や子猫を見ても、以前は何にも感じなかった。
何十頭もの子犬や子猫を世話していく過程でだんだんそう感じるようになったのであって、これらを元からそう感じるような感性の持ち合わせはなかったということだ。
だいたい、以前は犬も猫も嫌いだったのだ。その事を考え合わせると、心の在り様は私の場合、180度変わったといえる。
今や、ケーブルテレビのアニマルプラネットで,子犬や子猫を特集した番組は必ず見るようにしているし,そこに出てくる子犬や子猫を見ては,若い女の子が口にするような「可愛い!」を連発している。自分でもこの変化は驚くべきものだ。
しかし、これまでに述べた気持ちの変化は、かなり限定的なもので,子猫の泣き声とは聞き違えようもない赤ん坊の泣き声を聞いても、何にも心がざわつくこともない。
つまり、相変わらず、この記事のタイトルどおりのままだ。
また、赤ん坊を見ても別に可愛いともなんとも思わない。特に、まだ乳飲み子の場合だと、一体どこが可愛いのかさっぱり分からない。
ドラマなどで、若い夫婦に赤ちゃんが生まれたというので,病院に夫が駆けつけるシーンを見ることがある。
最初にわが子を見た夫が感慨深く,わが子を笑顔で抱き上げるのが普通だが,実際はどうなのだろう。
こうした状況の場合、夫の多くが本当にドラマのような笑顔を見せるのだろうか。
見せたとしても、それは本心からなのか、私はかなり疑っている。
私が推測する多くの夫たちの本心は,「なんとまあ不細工なガキだろう。こいつをこの先、長い間。養っていかなくっちゃいけないのか」だ。
まあ、たとえそうであってもその後,いわゆるイクメンたちは,前述のように,心に変化がもたらされ,自分の子供にも愛着がわくのだろうが,あまり子供と接触のなかった夫たちは、わが子だとはいえ,大して,愛着のないままなのだろうと推測できる。