同級生K君の思い出 5

それは体育の時間に水泳が始まる頃だったように思う。クラスに転校生がやってきた。名前はT。

Tは顔立ちが良かった。たぶん、すぐに女子の間で評判になったと思う。

Tはスポーツも得意だった。特に水泳が得意。一方私は水泳が苦手。5年生にもなって、まだプールの端から端、25m を泳ぎきる事ができなかった。

5年生になると体育の時間は男女別々の授業だった。隣のクラスの男子と、私のクラスの男子との合同クラスを隣のクラス担任が体育を受け持った。

この担任、まだ冬だというのに水泳の授業を始めるやつだった。根性を鍛えるには寒中水泳が一番とでも思っていたのだろう。

それともうひとつ、寒い季節の長距離走。バスで、数キロはなれた場所まで生徒たちを連れて行き、そこから学校までの距離を走らせるというのが体育の授業だった。

この長距離走を4時間目にやらせる。つまり時間内に学校に帰ってこなければ、給食抜きになる。

私は水泳も苦手だったが、この長距離走も大の苦手。給食の時間に間に合わない事もしばしば。間に合ったとしても、疲労困憊で食事がのどを通らない。

体育のある日は朝から体の不調が出るほど、嫌な一日となっていた。

この体育教師の名前はなんだったか良く覚えていない。みんなあだ名で呼んでいたからだ。あだ名は青鬼。苗字のひとつが青だったからかもしれない。

この学校には25m×10mのプールが3面あり、水深が違っていた。1年生用、2~4年生用、そして5~6年生用という区分けだったと思う。

もうひとつ一番はしに、使われずに半分瓦礫で埋まったプールがあった。

小学生用にしては深すぎるか何かの理由で使わないことになり、埋め立てる事になったのだろうが、埋め立てが中途半端で放置されていた。

雨水が溜まり、その水が池の水のように青くにごっていた。

生徒たちはみんなこの水溜りプールを恐れていた。深く淀んだ水の奥には何か得体の知れないものが住んでいる気がしたからだ。

ある日の体育の時間、青鬼が長いさおを使って水溜りプールで何かしていた。

プールサイドをぐるりと一周してから、生徒全員をプールサイドに呼び寄せた。

そしてこう言った。「誰かこのプールに飛び込めるやつはおるか」。

青鬼は一応の安全を確かめるため、水溜りプールの水深をさおで測っていたのだ。

この問いかけに生徒たちは凍りついた。誰も飛び込まないとなると、誰かを指名して無理やりにでも飛び込ませる、そういうやつだった。

しばしの沈黙のあと、一人が手を挙げて「ボクがやります」といった。それはTだった。

青鬼は勇気ある答えに満足そうだった。そしてこう言った。

「プールの端のほうはコンクリートの瓦礫で浅くなっている。なるべく遠くに飛び込め。そうしないと頭を打つからな」

青くにごった水は透明度がまったくなく、どこが飛び込むのに安全ななどまったく分からない。

Tは自分で飛び込めそうなところを探し、そこから全力で前方にジャンプした。

雨水が溜まっただけのプールだから、プールサイドから水面までの距離がかなりある。その距離をTの体は緩やかな曲線を描いて着水した。

ズボッというような鈍い音を立て、Tの体はすぐに見えなくなった。

ほかの生徒たちはこの様子を息を呑んで見つめていた。

数秒して、Tが水面から頭を出して一息ついた。

プールサイドから、大きな拍手と歓声が上がった。クラスのヒーローが誕生した瞬間だった。