日本人の英作文22

荒川静香のエッセー「チョコがくれたパワー」を題材にした第二回目の英作文。
英作文の対象になる原文とその訳文は以下の通り。

原文: チャロは、とても賢く、おっとりしたいい子でした。私が大学進学のため上京した後も、実家に帰省するたびうれしそうに出迎えてくれたものです。
訳文1: Charo was a good one that was very smart and quiet. When I left home for Tokyo to go on to college, he would warmly welcome me every time I went home.
訳文2: Charo was a good puppy with intelligence and mildness. It would come out to the enterance with a joyful air whenever I returned to my parents home after I had come up to Tokyo in order to go on to the university.

原文は、一見、英作文する上で難しい点はなさそうに見える。
ところが、実際に学習会のメンバーが作成した訳文を見ると、問題点が見えてくる。
それぞれの訳文の気になるところは次のようになる。
訳文1:
(1) "a good one that was very smart and quiet" 関係代名詞の限定用法で、対象を限定しているが、この言い方だと、「賢く、おっとりした性質の犬の中でも優れた犬」という意味になっている。
(2) 「大学進学するため上京した」という部分を"to go on to college"しているが、これでは、上京したことが大学進学を決める上での手段、または条件のように聞こえておかしい。訳文2にも同じ事が言える。
(3) 「帰省する」を"went home"としている。「家に帰る」を英語でどう表現するかに関しては、日本人には理解しづらい点がある。
訳文2:
(1) intelligenceという言葉。日本人には特別の意味などないのだろうが、英米人がこの言葉を基本的には人間にのみ使ってきたことにはそれなりの理由がある。
(2) "go on to the college"に関しては訳文1と同じで、目的を表す不定詞を使っているため、間違った表現になっている。
訳文1の限定用法の関係代名詞に関しては、別の機会にすることにして、ここでは述べない。
今回、ここで取り上げたいのは、訳文1、2ともに同じような表現の"to go on to (the) college"のところ。
一体どこがおかしいのか。文法的にはなんら問題がない。学習日当日に黒板に板書された英語を見て、何かがおかしいので、この部分を"go to college"に訂正した。しかし、どこがどうおかしいのか、私自身よく解らなかった。
帰宅してから、じっくり考えてようやく、そのおかしさに気がついた。
この英文のおかしさに、即座に気がついて、その理由を説明できる人は、自分の英語感覚、および文法力を自慢してもいいと思う。
「私は、大学進学のために上京した」という日本語を"I went to Tokyo to go on to a college."とすると、東京へ行くことがある大学への進学を決めるための手段や条件のようになってしまう。
目的を表す副詞用法の不定詞に限らず、不定詞の表す内容は動詞の表す動作より、後に起こることなので、この文だと、進学がきまるのは、東京に行ってからのことになる。
ネイティブにこの文を見せれば、故郷を離れて、東京に行くのは、東京にいい予備校でもあり、親元を離れて、受験勉強に集中するためか、本人が進学を希望している大学が東京移住を条件にしていると思うだろう。
しかし、日本人でそんな解釈をする人間はいない。大学進学のためといっているが、実際には進学はもちろん、進学先もきまっていて、その大学に通うために東京に引っ越すという意味なのだ。
実際、荒川静香の経歴を調べてみると、実家は宮城県にあり、大学入学とともに、東京に上京したとある。
上記のエッセイも、正確を期するなら、当該部分は「私が、東京のある大学に進学がきまり、通学のため東京に移り住んでからも、宮城の実家に帰るたびにうれしそうに出迎えてくれたものです」と書くべきなのだ。
正確ではない表現でも、その意味するところを正確に捉える責任は、読み手側にあるのが日本の文化であることは、前にも述べた。
この文もまたそうした不正確な文なのだが、日本人を長くやっていると、読み手側はそれを不正確な表現と感じ取れなくなる。
そして、不正確な文をそのまま英訳するから、不自然な英語になるのだが、もとの日本語を不正確だと認識していないから、出来上がった英文に何の違和感も感じない。
もう一つ、訳文1にある、「実家に帰省する」の部分を"went home"とある点だが、この点に関する説明は、それだけでかなりの長さを必要とするため、次回にするとして、ここでは訂正例を挙げるだけにする。
訂正例: Charo was easy to look after because he was wise and tender. He would welcome me at my parents' home every time I went there after I had moved to Tokyo to go to college.