ゼロの神話4

「開発しなかったのではなくて、開発できなかったんだ。」
「といいますと。」
「まだ太平洋戦争が始まる何年も前に、軍部からの要求で、新しい戦闘機のための高出力エンジンの研究、開発を空技廠でも始めたんだが、高出力エンジンの設計を一からやるとなると大変なので、空技廠では、当時、日本でライセンス生産をしていたダグラス社の旅客機のエンジンをコピーしようということになったんだな。
旅客機のエンジンを分解して、その部品のひとつひとつをまねて作って、エンジンを組み立て、組みあがったエンジンをオリジナルのエンジンと同時に運転試験をしてみたんだ。
試験開始当初は、コピーしたエンジンも快調で、こりゃ意外にいけるんじゃないかなんて思ったんだけど、運転試験を続けるうち、コピーエンジンの出力がどんどん落ちてくる。そして、最後はエンジン停止。
理由を調べるため、二つのエンジンをばらしてみると、ダグラス社の方のエンジンは、シリンダー内部がとてもきれいで、エンジンオイルは、あめ色を呈している。
それなのに、コピーエンジンの方は、エンジンオイルが真っ黒になっていた。シリンダーがピストンとの摩擦で磨り減ってしまったわけだ。
どこが悪いのか、技術者の間で、色々検討がされて、エンジンに手直しが施され、そのたびに、運転試験をやり直すんだが、何度やっても結果は同じ。ある一定時間以上の運転試験をすると、エンジンが止まってしまう。
軍部からは、エンジン開発の進捗状況はどうかと、やいのやいの言ってくる。しかし、いつまで経っても高出力エンジンのめどは立たなかったね。
それで、軍部としては、とりあえず、使えそうなエンジンということで、中島製作所でやっていたエンジンを使うことになり、そのエンジンが栄というわけさ。
栄を載せたゼロ戦を中国戦線に投入してみると、これが予想外の戦果を挙げてしまったんで、これでいけると軍部は、大喜びしてしまった。
高出力エンジンの開発はおいおい、戦争しながらやっていけばいいってなことになってしまったのさ。
しかし、日本は、自力でのエンジン開発の経験に乏しく、ノウハウの蓄積がなかったし、エンジンの部品のような、工作精度を要求するものを作るだけの国産の工作機器も、エンジン製造のためのラインもなかったというのが、実際のところだった。
工業先進国の欧米が作る高出力エンジンに匹敵するエンジンを作れったって、知識も、工作機械も欧米から調達しなきゃならんのに、その欧米と喧嘩して、どうやって同じ程度のエンジンが作れる?作れるわけがない。」