沈黙の秋2

2009年9月に出版された「ハチはなぜ大量死したのか」(ローワン・ジェイコブセン著)には、CCDについて詳しく書かれている。この頃には、まだ日本では、CCDの発生は見られなかったのか、日本メディアの反応は鈍かった。
その冒頭部分を以下に引用する。

序章 ハチが消えた
2006年11月12日、夕刻のことだ。フロリダに広がるコショウボクの原野に足を踏み入れたデイブ・ハッケンバーグは、羽音を立てて忙しく飛び回っているはずのミツバチの数が少ないことに気がついた。商業養蜂家のハッケンバーグがこの養蜂場においていたのは、えりすぐった巣箱400個。よく晴れた穏やかな一日で、気温も摂氏18度あり、飛行条件もよく、無数のミツバチが花蜜を求めて律儀に飛び回っているはずだった。けれども飛んでいたのはせいぜい10箱分の蜂。400個には遠くおよばなかった。
それでも彼はたいしてきにかけなかった。外来種のコショウボクはフロリダの生態系を脅かしている厄介者だが、養蜂家にとっては花蜜の詰まったありがたい植物。過去数週間、蜂たちはせっせとこの花の密を運んできていた。が、今は寒冷前線が南下していた。それで花蜜の供給が止まってしまい餌がなくなったので飛んでいないのだろう。彼はそのぐらいにしか考えなかった。
(中略)
ハッケンバーグは燻煙器(くんえんき)に点火して、最初の巣箱に近づいた。数週間前に巣箱を置いたとき、コンディションは申し分なかった。元気のいい蜂、ぎっしりつまった成蜂と蜂児(はちのこ・ほうじ)、咲き乱れるコショウボクの花。とくれば、巣箱には今、冬をじゅうぶんに越せるだけの蜂蜜がぎっしり詰まっているはずだ。こんなによい感触を得たのは久しぶりのことだった。
というのは、ここ二、三年、何かがおかしいという感覚をどうしてもぬぐいさることができなかった。それが何かはわからなった。養蜂家に多くの災いをなす寄生虫のミツバチヘギイタダニでもないし、ハチノスムクゲケシキスイでも、ハチノスツヅリガでも、それ以外の害虫でもない。このような害虫のせいなら、兆候を見ればわかる。問題は何か他の、もっと目立たないものだった。もし人生のほとんどを通してミツバチを見つめてきたのでなかったら、こんな懸念は打ち捨てていただろう。けれども、彼は蜂を知り抜いていた。蜂たち行動の何かがおかしい。ひどく神経質になっている。
(中略)
ともあれ、芳醇な流密シーズンがおわったばかりの、太陽が輝くフロリダ州ラスキンの広大な原野にいたハッケンバーグにとって、そんな懸念はどこか遠くの話だった。彼は期待に胸をふくらませて、最初の巣箱のふたを開け、煙を焚いて蜂を鎮めてから、巣板(すばん)を引き上げた。たっぷり蜂蜜がつまっている。いい蜂蜜だ。巣板を戻すと、次の板にとりかかった。巣箱から巣箱へと際限なく繰り返される、養蜂家につきものの過酷な作業だ。野原が異様に静かなことにようやく気がついたのは、パレット5台分の巣板をいぶしたあとだった。彼は助手を見て言った。
「グレン、蜂がいないんじゃないかい?」
さらにいくつかの巣箱のふたを開けてみた。働きバチと呼ばれる外勤蜂がいない。女王蜂の周りに幼虫の世話をする役の若い内勤蜂がほんの一握りいるだけだ。
いやな予感がしてきたハッケンバーグは、巣箱から巣箱へと走り回り、次々にふたを開けていった。すべて空だった。

ベテランの養蜂家が気がつかないうちに、想像を超えたような事態が進行している。SFスリラーを思わせる冒頭部分だ。
いなくなった蜂はどこに行ったのか、死体のない殺人事件のような雰囲気をも漂わせる事態は、その後も全世界で発生し続ける。