リズム音痴4

陽水の「少年時代」は、ゆっくりとしたテンポと一定のリズムが使われていて、これをマスターするのに時間はかからなかった。
問題はその後にやってきた。カラオケの練習テープには、陽水のほかの曲もあるから、これもついでに練習する気になった。
そういった曲の一つが「リバーサイドホテル」だった。
著しく高音域に偏った音で構成され、同じようなメロディーが繰り返されるこの曲に新鮮な驚きとかっこよさを感じ、自分でも歌ってみたくなった。
「リバーサイドホテル」は、発表からかなりの年月の経った曲だったが、テレビの音楽番組もほとんど見なくなっていた私には、それまでまったく耳にしたことのない曲だった。
さて、この曲をカラオケテープのメロディーにあわせて練習を始めようとして、のっけからつまづいた。
カラオケのテープには、伴奏の曲に加えて、メロディーラインが小さく録音されているものと、それがないものの2種類ある。
私が購入した練習テープは、後者のタイプで、このタイプの場合、曲の歌いだしのポイントがよく分からないものが結構ある。
「リバーサイドホテル」の場合も、歌いだしのポイントがまったくつかめず、何度やっても、半テンポフライングしてしまう。
あの「さらば青春」の悪夢の再現となったのだ。このときはもう、その原因が何であるかはすぐ分かった。
また、「さらば青春」の時にように、「すっぱいブドウ」として練習を止めてしまうのか。
しかし、今度は敵前逃亡をしたくなかった私は、どうしてもこの曲をマスターするべく、練習を繰り返した。
車に乗るときは、運転開始から目的地に到着するまで、それがどんなに長時間であってもリバーサイドホテルを何度も繰り返して練習した。
フライングするのは、曲の出だしの部分だけでなく、数箇所あり、フライングするたびに最初の部分にまでテープを戻して、曲をかけなおして苦手箇所を克服するための練習を繰り返した。
一曲全部をフライングしないで歌えるようになるのに、なんと3年以上を要した。
一日当り、平均で20回以上繰り返して歌っていたから、3年だと2万回を超える回数、この曲を歌ったことになる。
ある程度、自分で満足できるぐらいに歌えるようになった後も、止めると元に戻ることを恐れ、その後さらに数年間、毎日この曲を歌った。
その回数も含めると、これまでに私がこの曲を歌った回数は優に4万回を超えるだろう。陽水本人を除くと、私が日本で一番この曲を歌ったことになるかもしれない。
しかしである。これだけの練習を繰り返しても、曲のあちこちでフライングしてしまう根本原因のリズム音痴はまったく治らなかった。
「リバーサイドホテル」はうまく歌えるようになっても、例の「さらば青春」を試しに歌ってみたら、やっぱりうまく歌えない。陽水のほかの曲でも、うまく歌えない曲がいくつかあった。
リズム感覚というのは、先天的なものか、幼児期の早い段階に固まってしまうのかもしれない。後で、これを修正しようとしても不可能なものだったとしたら、これはどうしようもないことだ。
「リバーサイドホテル」の練習を通じて、私は「自分はリズム音痴だ」ということを確信した。