見えるということ#3

ハレー彗星は見つかりましたか。」と声の主が聞いた。
「ええ、まあ」と私。
「私、この近くに住んでて、ニュースでハレー彗星のことやっていて、山の上に登れば見れるかなと思ってきたんですけど、ぜんぜん見つけられなくって。」
「今、天体望遠鏡で観察してるんですけど、良かったらご覧なりますか。」
「いいんですか。それじゃちょっと。」
「望遠鏡の視野の真ん中近くに、ぼうっと白い塊が見えますが、それがハレー彗星です。」
「ええっとどれでしょうか。良く分かりませんが。」
天体望遠鏡だと、視野のなかを観察対象がどんどん移動していくので、もう視野から外れたかもしれません。ちょっと見てみます。」
望遠鏡をのぞくと、やっぱり視野の外に彗星は移動してしまっていた。
移動した彗星をもう一度視野に捉えて、不意に現れたゲストに望遠鏡をのぞくように言った。
「えーっと、何にも見えませんが。目が悪いんでしょうか。一応視力はいいほうなんですが。」
それで、もう一度私が望遠鏡をのぞいてみると、彗星は視野の中心からは外れていたが、ちゃんとその姿を認めることができた。
傍らにいた生徒に望遠鏡をのぞいてもらったところ「ええ、ちゃんと見えます。」という返事。
もう一度、ゲストに見てもらったが、やはり見えないとのこと。
「うーん、一生に一度のことなので、ぜひ自分の目で見たいと思っていたんですけど、見えなくて残念です。でも、どうもありがとうございました。」そういって、ゲストは立ち去った。
めがねをかけた人間がめがねをはずした状態で天体望遠鏡のピントを合わせると、かけていない人間とのピントとずれたりするので、その影響かと思ったが、そのときはめがねをかけたままピンとあわせをしたので、ピントのずれはそれほどではなかったはずだ。
全く見ず知らずというか、顔もろくに見えない暗闇の中から現れた他人ながら、せっかくの期待に答えられなかったことが、私にはちょっと残念だった。
視力がたいしたことない私に見えるものが視力のいい人に見えない。一体なんだって見えるはずのものが見えないのだろう。このことは私には長く、疑問として残った。