知性が大事#7

マイクと私の荷物を乗せて、マイクの父親(仮に名前をケンとしておく)は一路、家に向かって走り始めた。
はじめのうちは比較的まともな道が続いていたが、どんどん東のほう、いわゆるoutbackと呼ばれる場所に入っていくにしたがって、道路は舗装されていない砂利道と変わり、アップダウンもきつくなる。
そこをケンの車は時速100kmを超えるスピードで走り抜ける。緊張でこわばった表情の私を見てケンは「大丈夫。走りなれているし、対向車なんか来るわけがないから事故も起こらない」とのたまう。
そのうちにフロントグラスに何かがぶつかり始めた。時速が時速だからぶつかるときの音が半端ではない。
何かと思ったら、虫か何かが激しくフロントグラスにぶつかっている。よく見るとそれはバッタだった。
少し遠方に目をやると、黒い雲のように見えるバッタの大群が目に入った。テレビの「自然の驚異」的番組で見たことのある風景そのままに、バッタの群れはそれ全体が蠢き回る一匹の巨大生物のように見えた。
その黒雲のなかを突っ切るときに数知れないバッタがフロントガラスにぶち当たるのだ。
潰れたバッタでフロントガラスがべとべと、視界も悪くなっているのに、ケンはお構いなし。スピードをぜんぜん落とさずに100km越えのまま。
スピードなんぞ落としていたら、日暮れまでにうちに着かないという。そうなれば日本の都会とは訳が違う。漆黒の闇が辺りを包み、それこそ危険極まりない状態になる。
というわけで、砂ぼこりが舞い、砂利とバッタが絶え間なくぶち当たる状態のまま車は走り続けた。
全くもう、ダカールラリーでも、もうちょっと条件はいいのと違うかと思っているうち、車は無事にケンのうちに着いた。
マイクと私の手荷物を車のトランクから取り出し、ケンはうちのほうに向かった。
その家はオーストラリアではよくある平屋建ての簡素なつくり。標準的な農家なのだろう。
ケンがそこに入っていくのかと思ったら、玄関は素通りして、脇のほうのたぶん庭と思われる場所に私の荷物を運んでいった。
なんで庭のほうに回るのかと思って付いていくと、そこにはキャンピングカーがあり、キャンピングカーの直ぐそばに、支柱を立てて、虫除けのネットが張ってあった。
そうなのだ。家には客が使うためのベッドや寝室の用意がない。だからここがお前さんの滞在場所だということなのだ。