知性が大事#24

夕方になって、三人のサーファーたちが武田荘に帰ってきた。
武田荘を出発したはずの遠藤が、そこにいるのに気付いた3人が、事情を知って私たちと同じように笑い転げた。
それは純粋におかしかったこともあるが、みんな遠藤が無事だったことにほっとしたからだと思う。そのことは遠藤にも十分伝わったようだ。
武田荘の滞在者みんなが本気で自分のことを心配してくれたことに、遠藤は感激したに違いない。
当初の計画は無謀だという意見を素直に受け入れ、別の方法を検討するため、しばらくは武田荘に滞在することにしたと遠藤は言った。
この日だったか次の日に、武田荘にまた新たに二人がやって来た。
この二人はワーキング・ホリデーで、オーストラリアにやって来た若い男女のカップルだった。
この二人が加わり、武田荘はかなりにぎやかになった。
この日から、滞在者それぞれが知っているゲームや、パーフォーマンスを夕食後に行い、楽しく盛り上がった。
そうしたゲームというかなんと言うか、余興の一つを今でも鮮明に覚えいる。
このゲームをしようと言い出したのは遠藤。
彼はまず、滞在者全員に車座になって座るように言った。一体何が始まるのかといぶかる私たちを前に、彼は次のように語り始めた。
「皆さんは、物質の瞬間移動を信じますか。多分信じないでしょう。今日は実際に物質の瞬間移動を証明する実験を行いたいと思います。そんな実験にかかわりたくないと思われる人は退席されてかまいません」
こういって、彼は滞在者全員を見回した。物質の瞬間移動など誰も信じてはいなかったが、なんだかおもしろそうなので、全員がその場にとどまった。
誰も退席しないことを確認すると、遠藤は次にこう言った。
「全員、実験に参加されますね。それでは、両隣の人と手をつないでください。全員が手をつなぐことによって、物質の瞬間移動のためのパワーを高めます」
言われるままに、私たちは両隣の人と手をつないだ。
「手のつなぎ方が重要です。実験の途中で手が離れないようにしっかりと握り合ってください」
そういって、遠藤はみんなの手のつなぎ方チェックして回った。
「手のつなぎ方はそれでOKです。それでは、次に小道具が必要です。小道具はタバコの灰を使います。私はタバコを吸わないので、どなたかタバコをお持ちの人はいますか。」
するとサーファーの一人が一本のタバコを遠藤に手渡した。
このタバコに遠藤は火をつけ、短い時間これをくゆらせた。そしておもむろにタバコの灰を自分の手のひらに落とした。
「さて、今回の実験に使うのはこのタバコの灰です。今、私の左手の手のひら落としたタバコの灰を皆さんがつないでいる手、そして体を通して、移動させ、私の右の手のひらまで移動させます。」
遠藤がこういったとき、笑い声が漏れた。いかにも幼稚な子供だましを仕掛けるのではないかとこのときは参加者全員がそう思ったに違いない。
くすくすと笑うみんなを尻目に、遠藤は口上を続けた。
「みんなで物質の移動を頭の中でイメージして、真剣に行えば、実験は成功します。それでは皆さん、目を閉じて「回れ、回れ」と心の中で念じてください」
ばかばかしいと思いながらも参加者全員が目を閉じ、心の中で、「回れ、回れ」と念じた。
しばらくそうしていると、遠藤が「はい、目を開けてください。それではタバコの灰が私の右の手のひらに届いたかどうか見てみましょう」
そういって遠藤は自分の右の手を開いて見せた。しかし、そこには何もなかった。
意外な展開にポカンとしている私たちに遠藤はこう言った。
「誰かこの中に、物質の移動を信じていない人がいるようです。そういう人がいると、物質の移動は妨げられ、その人のところで灰が止まってしまいます。」
そういって遠藤は参加者全員につないでいた手を離して、自分の手のひらを調べるように促した。
すると、ボードサーファーの佐々木が自分の手のひらを見るや否や、のけぞって驚いた。
紛れもないタバコの灰が彼の手のひらにあったのだ。この展開に参加者全員が凍りついた。