少年時代 その2

  • 私の昆虫標本


捕虫網を右斜め方向に構えたまま、そろりそろりとクマバチが止まっている花に近づいていく。このときの激しく、静かなる興奮を何に例えよう。
目指す虫にこちらの意図と、行動を気取られてはならない。したがって、行動はあくまで慎重にゆっくりと、しかし、その一方で、心臓が口から飛び出すのではないかというぐらいの拍動数になっている。その後の人生で、これに類する興奮を私は知らない。
わずか、1mほどの距離を詰めるのに、3分以上かけて、ようやく補虫網の射程に目指すクマバチを捉えた。
そして、右斜め下に構えた捕虫網を逆袈裟に一閃させた。クマバチは止まっていた花ごと見事に捕虫網に捉えられた。
してやったり。さて捕まえたクマバチをどうするか。チョウやトンボなら、網の上から胸の部分を人差し指と親指ではさみ、ぐっと力を込めると仮死状態となる。その状態で昆虫採集の時には必ず、持っていく三角管に入れた三角紙に入れる。
しかし、ハチは針を持っていて、胸を指で持てば、腹部をぐっと折り曲げて、その先の針で刺してくる。

  • クマバチの標本

捕まえたはいいが、その後の処理のことまでは考えていなかった。さて、どうしようかと迷っていると、網の中でもがいていたクマバチが、鋭い牙を使って網を食い破ってしまった。
これは大変と思った時はもう遅かった。怒り狂ったクマバチが私の頭めがけて襲いかかって来た。
手で追い払おうとしたが、クマバチはそんなことではひるむことなく、後頭部のやや下あたりの首筋に必殺の一撃をみまった。
電流に打たれたような激しい痛みが走り、私は網を投げ捨て、泣いて家に駆け戻った。その後のことはよく覚えていないが、私の顔はハチの毒のため、パンパンに腫れ上がったそうだ。
幸い、命には別状なかったが、多分このときのことが災いしたのだと思う。この後、10数年後に別のハチに刺されたとき、私はアナフィラキシーショックを起こし、死にかけたのだ。10数年前のクマバチの恨みが、まだ残っていたことになる。