ゼロの神話8

ゼロ戦に関する逸話の多くは、誇張や事実の歪曲を伴う。虚実のない交ぜになるところに神話が成立するのだとすれば、ゼロ戦に関する逸話の多くは神話だということになる。
ゼロ戦神話は、それに関わる人物のエピソードにも見られる。
ゼロ戦のエースパイロットだった坂井三郎は、その優れた飛行術で敵機を次々と撃墜していったとされる。
その坂井の必殺技とされるのが、「ひねりこみ」。正確には「左ひねりこみ」という技で、敵機に後ろに回り込まれた時に用い、この技で、一気に敵機の後ろに回りこむという技だ。
空中での格闘戦はチャンバラの一騎打ちを思わせ、必殺技で相手をしとめるのは、剣豪の用いる必殺剣のようであり、日本人がいかにも好みそうな話だ。
しかし、この「ひねりこみ」に関し、ある雑誌の対談で、坂井本人は次のように語っている。

いったん格闘戦になったら、手足れの撃墜王といえども、そう一方的に相手を落とせるものではありません。現実の空戦は、腹黒い殺し合いですから、わざわざ格闘戦に引きずり込むことなど、極力避けるのが理です。つまるところ格闘戦は「最後の一手」として空戦に望むのが、撃墜王の哲学なのです。
ですから架空戦記をにぎわす、"左捻り込み"のような技を、私は実戦で使ったことがありません。そもそも"左捻り込み"とは、まったく性能が同じ機種同士の模擬格闘戦で、相手の後尾懐に潜り込むため、体験的に編み出された極め技であって、戦法も空戦性能も違う敵機に対しては、使う必要など、まずないのです。よく「嘘も百回」といいますが、このように間違ったことでも、繰り返し伝えられているうちに、だんだん真実へと変わっていくのは、、真におそろしいことです。(現存零戦図鑑92頁より抜粋)

ちなみに、この「捻り込み」という技を、宮崎駿のアニメ、「紅の豚」で主人公が敵役のカーチス相手の空中戦で用いている。
主人公と空中戦をやる相手が、アメリカ人で名前がドナルド・カーチス。主人公が空中戦で用いる技が「捻り込み」で、その主人公が操る飛行艇を新規設計したのが、わずか17歳でありながら、斬新なアイデアを設計に盛り込むことのできる優秀な設計者フィオ。
10年以上前のアニメにすでに、宮崎はゼロ戦の設計者やパイロットを投影させたと思われる人物を自分のアニメに登場させている。
今回のアニメ「風たちぬ」が宮崎の最終目標であり、それゆえの引退表明だったとしても、私は少しも驚かない。