K君が私の答案をカンニングしているのではないかと疑い、わざと彼から答案が見えるようにした例のテスト。その答案が採点されて帰ってきた。
K君が答案を返してもらい、席に帰ってくるやいなや、私は答案を彼から強引にひったくった。
答案提出時には詳しく調べる事ができなかったので、もう一度、カンニングした形跡がないかを調べるためだ。
実は私の答案には、わざと間違えて回答した場所がいくつかあった。わざと間違えた箇所は選択問題ではなく、自分で回答を考えて書く場所。
K君が私の答案を盗み見して回答したのなら、わざと間違えた箇所もそのまま答案に書くはずだと考えたのだ。
正答はひとつしかないから、それがカンニングによるものかどうかの区別はつかない。
しかし、誤答は幾つもあるから、同じ誤答になる確率はきわめて低い。
一箇所だけの誤答だったら、偶然だという言い訳も通るかもしれないが複数個所の誤答すべてが同じだったらカンニングの動かぬ証拠となる。
わざと間違った回答をすれば、点数は悪くなるが、たいしたことではない。不正は正されなければならない。
私は目的のためなら、手段を選ばないところがあった。その手段が時には狡知(こうち)に長けたものだったのは事実だ。
そのためか大人たちが私を評する場合、「賢い子だ」というほめ言葉ではなく、いつもその前に余計な枕詞が付いた。「ずる」と「わる」だ。
しかし、私はそうした自分の知恵を悪い事に使った事は一度もない。私は正義感も強かったのだ。
K君の答案をつぶさに調べたところ、私がわざと間違った箇所には別の回答が書かれていて、そのすべてが正解だった。
それどころか、私が自信満々で正しいと思って回答したのに、間違っていた場所も正解していた。
そして当然のごとく、点数も私より上。私がわざと間違えた箇所の点数を考慮してもK君の点数のほうが上。彼は実力で優秀な成績を上げていたのだ。
いわれのない疑いをかけ、答案を無理やりひったくるという無礼にも彼は一切怒るという事はなかった。
私は彼に負けたことを悟った。それは単にテストの点数だけの事ではなく、人間的に負けていると思った。
自分がK君の立場だとして、テストで彼と同じ点数が取れるかと自分に問いかけてみて取れそうにもないと感じて出した結論だ。
そして私は彼に言った。「お前、えらいねんな」
この場合の「えらい」は「たいしたもんだ」という意味。無礼をわびる代わりに、最大限の褒め言葉を彼に献上したのだ。