新たな子犬たち36

  • 冠水していた中洲がまた現れた時の様子

帰宅して30分ぐらいは家にいただろうか。母犬が子犬たちを助けたかどうかが気になって現場に戻ってみた。
今度こそ、予想通り子犬を保護できるのではと、堤防に上がった。川の水位は最初に来た時より、上がっていて、河川敷の遊歩道も冠水していた。
予想に反して、母犬の姿も子犬も堤防にはなかった。さっき子犬の鳴き声がしたほうに聞き耳を立てると、かすかではあるがまだ声が聞こえてくる。
一刻も猶予のできない状況なのに、いったい母犬はどこへ行ったんだ。腹立たしい気持ちで、周りを見ると、冠水した遊歩道を左手のほうから母犬がやってきた。
あわてる様子もなく、早足程度の歩みだった。何を悠長に歩いてるんだ。早く子犬を助けてやれ。心の中で叫んだ。
母犬は、子犬たちがいると思われる草むらに近づくと、遊歩道の縁から増水した川に飛び込んだ。ああ、やっと助けに行くんだと安心して見ていたら、途中で引き返してきた。
冠水してはいるが、まだ水深がそれほどでもない遊歩道にたどり着くと、母犬はブルブルと胴ぶるいした後、今来た道をスタスタと戻っていくではないか。
その後をずっと見ていたが、戻ってくる様子はなく、視界から消えた。
ええっ、どういうことだ。何で子犬を助けないんだ。近くに人間が現れたから助けるのを止めたとでも言うのか。
呆然と立ち尽くしたまま、雨音に混じってかすかに聞こえる子犬たちの悲鳴にも似た鳴き声を聞いていたが、その声は程なく聞こえなくなった。
母犬によって助け出された子犬を保護して連れ帰ることができると、ほとんど確信していたのに、予想が見事に外れた。
外れるにしても、こんな外れ方はないのじゃないか。子犬を保護するどころか、目の前で、増水した川に飲み込まれて、死んでしまう現場に立ち会うことになるとは。
持ってきたカゴを傍らに置いたまま、しばらく同じ場所から動くことができなかった。
あきらめて、カゴを手に持ってかえろうとした時、また子犬の鳴き声が聞こえてきた。
まだ生きている。そう思ったが、どうすることもできない。川の水位はどんどん上昇し、遊歩道も冠水した今は、川は普段の幅の何倍もの濁流となっている。なすすべもなく、堤防から眺めているしかない。
その時、聞こえてくる声の方向がさっきまで声がしていた方向と違うことに気がついた。
どういうことだと思っていると、野犬グループの別のメスが、私のすぐそば20m程のところにどこからともなく現れた。