新たな子犬たち37

現れたメスは、10月の中頃にチラッとその姿を現したきり、一ヶ月以上姿を見せなかった。その時は明らかに妊娠中で、その後姿を消したので、どこかで出産したのではないかと思っていたが、まさか、グループの別のメスとほんの50mほどしか離れていない場所で、子犬を産んでいたとは、まったく気がつかなかった。
別の方向から聞こえてきた子犬の鳴き声は、このメスの子犬たちが助けを求めるものだったのだ。
この母犬は、野犬グループのほかの犬と違って、私に対する警戒心を解くことがなく、夜、私が河川敷を見回っている時も、すぐに身を隠すので、めったにその姿を見ることがない。
それが今、私の方など一瞥をくれることもなく、子犬たちの鳴き声のする中州の草むらを凝視していた。
子犬たちを見捨てて歩み去ったメスとは違って、こちらは、今にも濁流に飛び込みそうな構えを見せていたので、私は現場を離れることにした。
目障りな人間がいないほうが、母犬にとっては子犬の救出がしやすいだろう。そう考えたのと、雨の降りしきる中、傘をさしてじっと立って待っていても、ずぶぬれになりそうだったので雨具の用意があったほうがいいと判断したからだ。
自宅には適切な雨具の持ち合わせがなかったので、ホームセンターに買いに走った。
ホームセンターに雨具を買いに行っている時間が経過してから、現場に戻れば、三度目の正直、今度こそ、子犬の保護ができる。そう確信した。
ホームセンターで、レインコートと長靴を買って、狭い車中でこれらを着用した。現場に戻ったのは、40分以上経過してからであろうか。
堤防に出てみると、母犬は、私が現場を離れた時と同じところにいた。えっ、まだ助けに行っていないのかと一瞬思ったが、堤防の川と反対側の斜面の下に、なにやら毛の塊のようなものがいくつか見えた。
おっ、ひょっとして救出した子犬か。すぐさま駆け寄って、確かめようとしたが、まだ堤防にいる母犬に気づかれると、子犬をカゴに収容する作業がやりにくくなる。母犬が川に飛び込んでから、その隙を突いて、収容することにした。
母犬の斜め後ろで、様子を見ていると、母犬は、濁流に身を躍らせた。文字通りの犬掻きで、かろうじて水没を免れている中州の草むら目指して泳ぎ始めた。
何たる勇気。人間では、子犬を助けるどころか、自分が川に流されて、一巻の終わりだろう。
しかし、その姿をじっと見守り、感動に浸っている場合ではなかった。急いで、斜面を駆け下り、毛の塊に見えたものに駆け寄った。