近頃の夏にこの辺りで鳴いているセミといえば、そのほとんどがクマゼミ。朝早くからシャーシャー甲高い声を響かせ、うるさいほど。
しかし、私が昆虫少年だった頃は、クマゼミは希少価値が高かった。その上捕獲が難しい幹の高いところにしか止まらない。
何とかして標本にするのにふさわしい状態で捕まえられないかと考えた。
セミの幼虫は早朝、まだ暗いうちに地面から這い出し、自分が樹液を吸って育った木に登り、そこで羽化する。
まだ、小学1年生か2年生だったが、そのぐらいの知識はすでに持っていた。
そこで思いついた。成虫になり飛ぶようになったクマゼミを捕獲するのが無理なら、木に登って羽化する直前の幼虫を捕まえればよい。この方法なら羽が損傷する事もない。
というわけで、まだ辺りが暗い午前4時ごろに神社の境内に向かった。
懐中電灯片手にクスノキのところまでやって来て、探索開始。
たくさんの幼虫が出てきていると思っていたが、なかなか見つからない。ひとつの木に一晩に出てくる幼虫の数は実際はそれほど多くないらしい。
幹の周りをぐるりと見て回ると一匹だけ、幼虫を見つけた。
もうすでに脱皮し終わって、白い体で殻の外側にぶら下がっていた。
羽はまだ縮れた状態で伸びきっていなかったが、もう少し経てば羽も伸びて完璧な標本ができると思った。
持参した容器に羽化直後のクマゼミを入れ、家に持ち帰った。持ち帰ったセミは、虫かごに入れておいた。
やがて日が昇り、辺りが明るくなる頃、虫かごの中のセミを見た。
ところが、期待に反し、縮れた羽はそのままで、捕獲したときの状態のまま。まったく羽が伸びていなかった。
その状態では標本にできない。一体なぜそんな事になったのか、まったく理解できなかった。
標本にできない以上、外に逃がしてやろうとも思ったが、羽の状態から見て、まともに飛べない事は明らか。外に放せばその日のうちに死んでしまうだろう。
一体どうすればいいのか、迷った挙げ句、外に放さず、虫かごに入れたまま飼う事にした。