ボクは猫が嫌いだった10

カムは大体毎日、離れの勉強部屋にやってきた。しかし、そこにいるのはほんの一時。そこで眠ることはたまにあっても、いつもではない。
離れの勉強部屋に行くと、必ず、窓の外に「カム」と名前を呼んでみるのが習慣になった。
私が勉強部屋にやってくる時間を覚えたのか、呼びかけると、カムはどこからともなく返事をして、いつもどおり、窓に飛びついて、部屋の中に入ってきた。飼い猫とも野良猫ともつかない、中間的存在だった。
ただ、一つ心配だったのは、カムが間違って庭に入ってこないかということだった。
餌をもっと食べたくなり、私が普段生活している母屋に近づくため、庭に侵入したりすると、そこには家の三匹の犬が待ち構えている。
頭の片隅に、一抹の不安を抱えながらも、カムの半野良生活がしばらく続いたある夜のことだった。
小学生の勉強を見た後、入浴中に、裏庭の方から、犬の叫び声と、それに混じって猫が恐ろしい声をあげるのが聞こえてきた。
その声を聞いて、私にはすぐに何が起きているかの察しがついた。
一刻の猶予もなかった。服を着ている時間などない。素っ裸のまま、風呂場からすぐの裏口の戸を開けて、外に飛び出した。
外は真っ暗だったが、犬たちの怒声が聞こえる方向に、激しく動き回る動物のシルエットが街灯のわずかな光で浮かび上がっていた。
その傍らに私の母親が突っ立っていた。母親は離れにやってくる猫の事を私から聞いて、私に無断で、母屋に抱いて連れてこようとしたのだ。
母親が抱いている猫に気がついた犬たちは、当然、これを襲おうとする。猫は恐怖のあまり、母親の手に噛み付いて、逃げようとしたのだ。
普段、犬の世話などしない母親が犬を制御しようとしても、犬たちが母親の言うことを聞くわけがない。
あっという間に、カムは、三匹の犬たちに襲われた。
私は裸のまま、犬たちに駆け寄り、怒鳴り声を上げたが、頭に血が上って興奮状態の犬たちは、私の叫び声も耳に届かないのか、カムに噛み付いたまま離そうとしない。
怒り狂った私は、三匹のうちの一匹、チャゲにわき腹に蹴りを入れ、ひるんで、噛むのを止めた瞬間、首筋を掴んで、体を持ち上げ、思い切り地面に叩きつけた。
チャゲは、それまで聞いたこがないような、恐ろしい悲鳴をあげた。その悲鳴と、私の怒声で、ユキとタケルは、すっ飛んで逃げていった。
チャゲが死んだかもしれないと思いながらも、犬たちに咬まれたカムの様子を先に見た。
街灯のわずかな光の中に、体中、咬み傷だらけ、体毛も大量に抜けて、ぼろぼろになったカムの姿がかろうじて見て取れた。
動物の世話などろくにしないくせに、余計なことだけはする母親を怒る気も失せていた。
カムはまだ死んではいなかった。全身を噛まれて傷だらけになり、「おーん、おーん」というようなうめき声をあげていた。