知性が大事#23

武田荘滞在、数日目、バイクツーリングでオーストラリア一周しているという多田という若いライダーが武田荘にやって来た。
西オーストラリア州の北の町、ダーウィンを出発点に、時計回りにオーストラリアを一周する計画だという。パースはコース全体の80%辺りにあるから、ゴールは目の前だ。武田荘で数日過し、その後一気に北上してツアーを完成させるという。
彼はバイク店でメカニックをやっていて、バイクの扱いはお手の物。またそうでなければオーストラリア一周のバイクツアーなどしないほうがいい。
砂漠のど真ん中でトラぶって、自分で修理できないとなるとオーストラリア一周どころか、下手すりゃ命の危険もある。
多田はまだ20歳少しで、武田荘滞在者の中では一番若かった。人懐っこいやつでみんなと直ぐ打ち解けた。
彼は武田荘到着時に手首に包帯を巻いていた。
どうしたのかと聞くと、彼はその包帯を解いて見せた。下から現れたのはやけどが治りかけたようなケロイド状の傷。
ツーリング中、その部分がずっと太陽光線に晒されたままで、そうなったという。
太陽光線に含まれる紫外線は、皮膚の下の真皮組織まで届いて、その細胞を破壊するらしい。
オーストラリアの太陽光線が殺人的だということを知らずに、手首全体を保護するリストバンドのようなものを用意してこなかったために起きたことだ。
続いてやって来たのが、オーストラリアを自転車で一周しようという遠藤。パースを出発点に反時計回りするというのだが、彼の体格はどう見てもトライアスロンタイプではなく、がっちりとごつい格闘家タイプ。
実際彼は学生時代、柔道部だったという。自転車でオーストラリア一周といいいながら、身一つで武田荘にやってきていたので、どうするのかと聞くと、自転車は現地調達するという。
やって来た次の日に早速、現地で自転車を購入したが、その自転車は軽スポーツタイプ。そんなもんで過酷な夏のオーストラリアを一周しようなんて無謀すぎる。
武田荘滞在者全員が遠藤に計画を中止するように勧めたが、遠藤は自分の体力に自身があるのか、その自転車で行くといって聞かない。
武田氏に遠藤が計画を断念するように説得してくれるように頼むと、彼は「うん、心配ない。彼は数時間で武田荘に帰ってくる」といって、取り合わない。
遠藤は自転車を調達した次の日の朝、意気揚々と武田荘を出発した。
武田氏を除いて、みんな遠藤がどうなるのか心配した。
サーファーたち三人がピーチに出かけて、多田と二人で、どこかに出かけようかというような話をしていると、武田荘に誰がが自転車でやって来た。
それはさっき出発したはずの遠藤だった。なんか忘れ物かと聞くと、出発して直ぐにタイヤがパンクしたという。
太陽光線で加熱した路面を体重の重い遠藤を乗せて進む自転車のタイヤは、数時間でその限界を超えてしまったようだ。
武田氏は、この事態を事前に予測していたため、遠藤がすぐに帰ってくると言ったのだ。
ばつが悪そうに武田荘に帰ってきた遠藤を見て、多田と二人で腹の底から笑いころげた。