晦冥の底

去年の8月に「見えざる闇」で記事にした下水処理場裏の小さな橋まで、小夏を連れて散歩に出た。
この場所が目当てというわけではなく、たまたまそこまで出かけただけのことなのだが、堤防からふとその橋の欄干を見たところ、欄干の袂のところに花束が置かれていた。ほんの二日前にはなかったものだ。
昨日か、今日の午前中に置かれたものだろう。堤防の階段を使って河川敷道路に下り、近寄ってみると、置かれた花束はまだ新しいもので、辺りには、ユリの香が漂っていた。
ポスターも新しいものに取り替えられていた。このポスターを少し大きくしたチラシが家も含めた近所のポストに入れられていたのは、一ヶ月ほど前のこと。
前回の記事の時の予想通り、事件には何の進展もないようだった。ポストに入れられていたチラシにしても、警察が積極的に動いてそうしたものではなく、たぶん事件の被害者の親族が、何の進展もない捜査に痺れを切らして、自ら制作して配って回ったのだろう。チラシを配っている人物をちらりと見たのだ。
しかし、ポスターが貼られている場所から程近いところで、被害者の遺体が発見されたのが2009年11月21日のこと。およそ3年の月日が経っている。
事件の経過から見て、犯罪があったとすれば、午後6時以降のことだ。11月の午後6時以降の現場は人っ子一人通らず、河川敷道路には街灯もないから、ほとんど真っ暗闇だ。
目撃者などあるわけがなく、現場に至る前に、何か事件とかかわりのあることを目撃した人がいたとしても、3年も前のことだと、もう忘れてしまっているだろう。
午後4時を少し回った現場には、西に傾いた太陽の光があたっていた。しかし、もう一時間もすれば、辺りは薄暗く、人気もなくなる。
事件なのか事故なのか。真実を照らす光は、その晦冥の底には届きそうもない。