沈黙の秋4


同書の出版から4年経った現在の状況どうなのだろう。
現在も、CCDの原因がニコチノイド系農薬かどうかは決着がついていないようだ。その一方で、CCDは世界中で発生を続けている。
近年、CCDとネオニコチノイド系農薬との関連を裏付ける研究がいくつか発表され、その研究を受ける形で、EUは3種類のネオニコチノイド系農薬の使用を向こう2年間、禁止する決定をした。
「疑わしきは被告人の利益に」とは刑法の適用の際の法諺(ほうげん)で、一般には「疑わしきは罰せず」として知られるが、EUの決定は、「疑わしきは罰す」の原則(予防原則というらしい)を適用した。
しかし、効果が高く、コストの点でもこれまでの農薬よりも安上がりということで、すでに幅広く使用されている農薬を全面禁止にすれば、コスト的にギリギリの生産をしている農家には死活問題となるだろうし、これまで使っていた有機リン酸系農薬に戻すことになれば、ミツバチにはいいかもしれないが、農薬の散布回数の増大に伴う、農地の近接地域の住民の農薬暴露は、むしろ増大する。
その意味で、EUの決定は大変なリスクを含んだ壮大な社会実験だといえる。
さて、2年間のネオニコチノイド系農薬の使用禁止により、CCDの原因は特定されるだろうか。
EUの一員であるフランスでは、今回の決定以前から、ネオニコチノイド系農薬に関しては、独自の規制を加えている。その規制にも拘らず、フランス国内でのCCD発生には目立った減少はない。
EU全体で使用を禁止すれば、また話は違って、何らかの関連が裏付けられるかもしれない。そうなった場合、EUネオニコチノイド系農薬の域内での使用を永久に禁止するのだろうか。
もっとも、そういう場合でも、農薬を製造する会社は、必ずや、ネオニコチノイド系に替わる農薬を開発することだろう。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」では、DDTやディルドリンといった有機塩素系殺虫剤が槍玉に上がった。
有機塩素系は分解しにくく、使用を続ければ、環境中に蓄積していき、それが生物界全体に悪影響を及ぼすとしてカーソンは警鐘を鳴らしたわけだが、その使用が禁止された後に登場した有機リン酸系にも問題はあった。
そこで、その後に登場したのがネオニコチノイド系というわけだ。
登場する農薬は次々と代わるが、カーソンが指摘した、農薬と環境との相克的関係という構図には、なんら変わるところがない。
農産物というのは、自然の力を利用して自然物を由来とするものを生産するが、工業製品とまったく同じ原理でその価値が決まる。
形がいびつでも、シミや斑点など、食べてしまえばなんら問題がなくても、外観が悪ければ、商品価値は半減どころか、ほとんどなくなってしまう。
こうした価値体系があるなかで、自然環境中で作物を栽培する以上、価値を損なう可能性のある病害虫の排除には農薬は欠かすことが出来ない。
しかし、その農薬の使用によって問題が生じる。農産物というのは、それ自体の中に、二律背反を胚胎させるものなのだ。
CCDの問題は、そうした問題の一つに過ぎない。ネオニコチノイドの問題が解決してもあたらな農薬の登場により、また別の問題がその次に発生することだろう。