知性が大事#25

一体何が起こったのか、全くわからず頭を抱え込んでしまった佐々木と、呆然としている他のみんなを見て、遠藤は「これで、物質転送など信じていなかった佐々木さんも考えが変わったと思います。私のところまで、灰が届かなかったので、もう一度実験を繰り返したいと思います。」といった。
遠藤の言うままに、実験は再開された。
手順は最初と全く同じ、遠藤が左手にタバコの灰を落とし、手をつないだ参加者全員が、灰がみんなの体を巡って、遠藤の右手まで届くところをイメージしながら目をつぶって、「回れ、回れ」と念ずる。
さて、二回目の実験の結果は如何に。遠藤が右手を開いて見せたが、今度も灰は届いていなかった。
そして、全員、つないだ手を解いて自分の手のひらを調べてみる。すると今度はワーホリの女性がみんなのほうに向けて手を開いて見せた。そこにはまたもやタバコの灰があった。
すっ飛んで驚いた佐々木と違って、彼女はそれほど驚いた様子を見せなかった。
そして、このとき、突然佐々木がこう叫んだ。「分かった。」
一体何がわかったというのだ。ワーホリの女性があまり驚かなかったことと考え合わせると、手に灰が残ったこの二人は、同じことに気がついたのではないかと推測した。
つまり、この実験のトリックにだ。
多分そういうことではないかと私にもうすうすそのトリックが分かったような気がした。
周りを見ると、私以外の参加者も何かに感づいたようだった。
遠藤が「今日は実験がうまく行かないのでこの辺にしましょう」といったそのとき、佐々木が「これなら俺にもできる」と言い出した。
えっと驚く、参加者を前に、佐々木はうれしそうに遠藤が行ったのと同じ手順を進めていった。
そして、遠藤と同じように、実験の最後に右手を開いて見せたが、そこには何もない。全員が自分の手のひらをチェックすると、今度は佐々木の直ぐ左隣にいた、田中の左手に灰が残っていた。
このときの田中の表情は最初のときの佐々木と同じく、自分の目が信じられないというほどの驚きに満ちたものだった。
自分の手のひらの灰を食い入るように見つめて、何も言葉を発しない。
田中以外の参加者は、その様子を見て、げらげらと笑い出した。
そうなのだ、遠藤ほど手際のよくない佐々木のパーフォーマンスで、田中を除く全員が実験と称するこのトリックのタネを見破っていたのだ。
みんなが気がついたのに、田中一人がまだじっと自分の手のひらを見つめたまま。
「どうやら田中さんを除いて皆さん気が付かれたようですね。でも気が付いたことはしゃべらないでくださいね。手品でもそうですけど、ネタばらしはしないのがルールです」と遠藤がみんなに釘を刺した。
あー面白かったというようなことをみんなが口々に言って、その夜はお開きとなった。
次の日の朝、田中の顔を見ると何だが眠そうだった。
「えらく眠そうだけど、昨日の実験のトリック、分かった?」と聞くと、不機嫌そうに「それを考えて眠れなかったですよ。」
「で,タネはわかったの」
「いや、まだ分かりません」
「佐々木君に教えてもらえば?」
「自分で考えなきゃって、教えてくれないんすよ」
「あっそう。それなら俺も教えないことにする」
「もういいですよ。みんな意地悪なんだから」
そう言って田中は、仲間はずれにされた子供のように、ふてくされた表情をした。