日本人の英作文2016-8

前回記事から、ちょっと間が空いてしまったが、桐野夏生の短編の英作文。
今回の課題箇所と訳文例は次のとおり。

課題箇所
なるほど。亮平は亜美と一緒にいられるだけで幸福だったのに、亜美は亮平の言葉や態度をあれこれ考えて悩んでいたらしい。どうして亜美は、自分と言う人間を信頼できないのだろう。好きだったら、言葉尻なんかどうでもいいじゃないか。
訳文1
I see. I have been happy only with Ami, though. On the contrary, it would seem that Ami was worried about Ryohei's talk and attitude. I wonder why Ami hasn't trusted me. With loving me, don't mind my slip of the tongue.
訳文2
"Now I've figured out what the trouble is." said Ryohei to himself. Just going out with her always made him happy, But Ami wasn't so happy because her mind was occupied by more meticulous attention to his words and attitude. "If we really love each other, words don't play an important part."

今回の課題箇所は亮平の心の中を一人称形式で述べている。
しかしこれまでのこの短編の書き方では、亮平の立場から書いたものではないので,最初の「なるほど」を主語をIとして書き表すことは出来ない。
訳文2のように、直接話法で表すのがひとつの処理法。
訳文1の"on the contrary"は使い方がおかしい。対話の場合は、相手の言い分、主張をやんわり否定するときに使う。対話ではないときは、直前の陳述を否定して,逆の内容を述べるときに使う。
二つの事柄を対比的に述べるのに使うのではない。
「自分という人間を信頼できないのだろう」の「信頼する」をどちらの訳文もtrustを使っている。
日本語の「信頼する」に対応しそうな英語には,believe, believe in, trust, depend onなどが考えられる。
それぞれに意味の違いがあり、使い方を誤ると妙な意味になるので注意。
最初のbelieveの場合。"Believe me."と言うと、自分の陳述内容がうそではないことを主張している。日本語に訳すと、「本当だよ。うそじゃないから」というような意味。
訳例が使ったtrustは、その人間の技量なり,手腕なりをあてにするということ。
"Trust me."と言う場合、日本語にすると「私に任せなさい」と言っていることになる。
believe inは「何かの存在を信じる」という意味が普通だが,それ以外に,人間を目的語にとると,その人間の人間性を信じると言う意味になる。
課題文の文脈では、これが一番近そう。
depend onはtrustよりも適用範囲が広く、経済的、心理的な依存を表す場合も含まれる。
課題文中にある「言葉尻」だが,これは,言葉の適切な使用法の誤りという意味。たとえば、議論などで高ぶった気持ちから、相手を不適切な表現で非難したりする場合など。
そして、そうした不適切な表現を捉えて、反撃に出ることを「言葉尻を捕らえる」と言う。
亮平の言動にそのような不適切な表現があったわけではなく、亮平は単に亜美の感じ方に対して鈍感なだけだ。
訳例
Now he understood what she was talking about. He had been happy about just being with her while she had been worried about his way of talking and attitude. He didn't understand why she couldn't believe in him. He thought the choice of words didn't matter between two lovers.