Try to do...とLet's ...という表現の本当の意味

「日本人の英作文2015-7」で出てきた"try to..."という表現。
現在は「チャレンジする」に取って代わられたが、かつては「チャレンジする」と同じ意味で、「トライする、トライしてみる」がよく使われていた。
カタカナ日本語としては使われなくなったが、英語の"try to"は今でもカタカナ語の意味の影響だろう、この表現は主語の積極的取り組みを表すと解釈されているようだ。
確かに、英語でもきわめて達成困難なことが明らかなときにこれを使うと,失敗を恐れない,勇敢で前向きな姿勢を表す。
しかし、これを達成がそれほど困難ではない日常のことに使うと,失敗を前提とした弱気な発言になってしまう。
実際、"tried to"と過去形で用いた場合、基本的に試みは失敗であったことを意味する。
もしうまく行ったのなら、単純過去形で表す。
日本人は常に自己の向上を目指していて,その個人にとって初めてのこと、達成困難なことは、うまく行った場合に、これを自慢したがる。
したがって、「初めて、フルマラソンに挑戦しました。途中、何度も棄権しようかと思いましたが、最後まで完走することができました」などというようなことを
"I challenged a full marathon for the first time. I wanted to retire on the way many times, but I could succeed in it at last."
などというわけの分からない英語にしがちだ。
"challenged"を"tried to run in a full marathon"にしてみても英文としてのおかしさに少しも変わりがない。
"tried to"の過去形の意味が未来形にも影響して、訳例2のように、未来形に使った場合、失敗を前提としているような意味になり、課題文のような状況に相応しくない。
訳例2のようなひろみ先生の発言を聞いたら,ひろみ先生がうろたえるだけで、「顔をまっかにらしておこった」サリーちゃんのことだ。今度は顔を紫色にして、怒るに違いない。
それにしても、大人のうろたえぶりに「顔をまっかして怒る」保育園児がいるのだろうか。
いたとしたら恐ろしい。保育園児のときからそれでは,長生きできないのではと思う。
もし状況が違っていて、たとえば、落ちていたヒナが、すでに弱って死にかけていたとしたら、サリーちゃんの「先生、なんとかして」に対して"OK, I'll try"というのは、きわめて適切だ。
死にかけたヒナを助けるのは、容易なことではない。失敗して当然のことで、それを承知の上での"I'll try"なのだ。
訳例2が「巣を作ってみようか」の部分をひとみ先生自身のその場での決心と解釈しているのに対し、訳例1は、ヒナが落ちていることを知らせた園児に対する巣作りへの参加の呼びかけと解釈している。
訳例2の作者は、園児には巣作りに関して何も参加できることはないと考えたかもしれない。
だからこそ、"I will"とひとみ先生個人の決心を表現したのだろう。
ところが、"Let's"は、その後の動詞が表す動作なり、作業が発言者だけで行う場合や、逆に相手側だけしかかかわらない場合にも使用が可能なのだ。
このことを述べた本がある。「英文法の楽園」という本で,そのP202、P203には次のようにある。

次は、ご質問にあった医者と患者のやりとりです。
患者: Well, Doc, what's wrong with me?
医者: I'm not sure. We need to do some more tests. Let's have a look at your kidney tomorrow."
いうまでもなく、診察するのは医者で,検査を受けるのは患者です。しかし、Let's...を使うことで、医者も検査にかかわっているのだということを表明して不安な患者を落ち着かせようとしているのです。

このように、作業に直接かかわらない人を巻き込んでの"Let's"は、あることへの意識的連帯を深めようとする発言者の気持ちを表す。
上記の例で言えば、Let'sには、発言した医者だけでなく、それを聞いている患者をも巻き込んだ表現で,医者が患者に対して,連帯意識を持っていることを表す,とても思いやりのある表現だ。
この状況は課題箇所にぴったりとはまる。園児たちは実際の巣作りにはなんら寄与できないかもしれないが,それでも"Let's"は使える。
実際、日本語の「見ようか」という人ひとみせんせいの発言は、園児たちに対する呼びかけと取るのが普通だ。
"Try to"や"Let's"などという中学で習って知っていると思い込んでいる表現には、実は日本人の知らない意味が潜んでいることが多い。