日本人の英作文2016-13

さて、「キツネのハンカチ」の第二回目。作者は茂市久美子という人。ネット検索によると岩手県出身の童話作家とあった。
1951年生まれで私と同年代。実践女子大卒。彼女が大学在籍中には、大学は渋谷にあったから、同じころに東京で学生生活を送っていた私は、ちょっとした親近感を覚える。
それはともかく、今回の課題部分と、訳文例は次の通り。

課題文
冬のある日のこと。
朝からふきあれた北風がやんで、空がキーンとすみわたりました。
暗くなると、空いっぱいに星がかがやいて、今にも光のしずくが落ちてきそうでした。
訳文1
One day in winter. The north wind having been raging since the morning stopped and the sky became all clear. After getting dark, stars were twinkling in the sky and they looked as if light drops were going to drip down any moment now.
訳文2
On a winter day, a north wind was blowing hard since this morning stopped blowing and the sky has cleared up.
Darkness brought out the brilliant stars that were spread all over the night sky. It looked like that a drop of stars was ready to fall at any moment.

最初の部分、「冬のある日」をどうするか。色々考えられるところ。
訳文1のようにするか、訳文2のようにするか。
レッスンの時には、季節を表すwinterには、定冠詞のtheが必要だと説明した。
つまり、"on a day in the winter"のようにすると。
ところが、ネットのBooksカテゴリーで検索すると、このような表現はしないことが分かった。
同じく、"on a day in winter"も同様に普通の表現ではないようだ。
訳文2の"on a winter day"または"on a winter's day"が最も普通の言い方。
ちなみに、winterを無冠詞で使うと、冬という季節を表しているのではなく、寒いころというやや抽象的な表現になるようだ。
つまり、"in the winter"だと、一年のうちの冬という決まった期間のいずれかの時点でという、時期を問題にしているのに対し、"in winter"の場合、時期よりも寒いころという、気温のほうを重視した表現になるということ。
次の「朝からふきあれた北風」も簡単に見えてなかなかどうして手ごわい。
まず、「北風」は訳文1のように、定冠詞を使うのか、それとも、訳文2のように不定冠詞にするのか。
冠詞の使い方をよくわかっていない日本人には、どちらでもいいように思うが、そうした考え方が、ますます冠詞理解を遠ざける。
これも同じく、米GoogleのBooksカテゴリーで検索すると、定冠詞のほうがずっと多い。
しかしこれは、使用頻度で決めるようなことではなく、冠詞の用法によるものだから、課題文の場合、状況次第だ。これが日本人には難しい。
まず訳文1のような、定冠詞の場合を実際の使用例でみると、ある特定の北風をさしているのではなく、北風というものを総体的にとらえた使い方が多かった。
また、Booksでのヒットで多かったのが、北風を擬人化して扱う場合も定冠詞で表している。
有名なイソップの「北風と太陽」は、"The North Wind and The Sum"となっている。
一方の不定冠詞はというと、これは一時の気象現象として扱う場合に"a north wind"となるようだ。
雨は、"a rain"と表現すると、一時の気象現象ということで不定冠詞をつけている。
一方、無冠詞で"rain"とのみ表すと、雨を抽象的、総体的にとらえていることになる。
これが"the rain"となると、theという特定化の標識があるから、何によって特定化されたのかを判断しなければならない。
前述されているからなのか、それとも、みんなが共通認識しているからなのか。
有名なミュージカルのマイフェアレディの中の一曲、「スペインの雨」は"The Rain in Spain"だ。
これは、"rain"がそのあとの"in Spain"によって限定されているためだ。そして、その限定は限定から外れたほかの地域のrainとの比較・対照を含意している。
このあたりのことは、マーク・ピーターセン著、「続 日本人の英語」のP13〜P15に説明がある。
冠詞の高度機能は、日本人の理解をはるかに超えている。
冠詞に相当する機能語を持たない日本語しか理解していない日本人には、いつまでたっても冠詞はブラックボックスのままだ。
さて、それでは、課題文の場合はどうするか。
訳文1は、"The north wind having been raging since the morning"として、日本語の「朝から吹き荒れた北風」の訳とした。
形容詞用法の現在分詞を、完了形で使い、被修飾語の"north wind"には定冠詞をつけていて、文法的に完璧に思える。
ところが、この定冠詞は先の説明通り、ある限定を表すだけでなく、限定から外れたほかのものとの対照を含意しているから、とても妙な意味を持つことになる。
これは、現在分詞の部分を限定用法の関係代名詞で表した場合と同じで、対照されているのは、「その日の朝からではなく別の時間帯に吹いていた北風」だ。
それでは、訳文2のような表現がいいかというと、これは、時制に疎い日本人がよくやる間違いで、進行形とある動作なり、状態の開始時期を表す"since"は共起しないということを知らないために起きる。
ここまででも、日本人には厄介この上ない問題、冠詞と時制が絡んでいて見かけとは大違いの難しさがあるのが分かった。
この先問題はまだまだあるので、この後の部分に関する説明は次回に回す。